2006年8月、イギリスにおける社会主義の発祥の地といわれているロバートオーエンの理想郷、ニューラナークツアーを企画した。
もちろん、英国縦断鉄道の旅のツアーは旅行会社で探せばみつかるが、ニューラナーク(紡績工場跡地)でロバートオーエンの社会主義を学んでくるツアーはないと思うので、すべて自分で計画。往復航空券だけはJALのマイレージバンクで調達し、その他はメールでホテル、鉄道キップ(ブリットレイルパス)などを手配した。今回はその旅行記。

ラナーク駅(ニューラナークは世界遺産になっているが観光客はほとんどいない)
さて、ロバートオーエンはどんな人物か、紹介すると1771年、ウェールズのニュータウンで生まれた。1799年、グラスゴーの工場ニュー・ラナークを経営していたデイヴィッド・デイルの娘カロラインと結婚、のちニュー・ラナークの共同経営者となった。オウエンは、低所得の労働者階層の実情を目の当たりにし、幼少の子どもの工場労働を止めさせ、性格改良のための幼児の学校を工場に併設。性格形成学院と名づけた。幼児教育の最初の試みで、幼稚園の生みの親といわれるフリードリヒ・フレーベルよりも先んじて、就学前の子どものための学校を実践。教室での掛け軸の利用など、教育方法にも工夫を凝らした。
また生協運動の発端となった協同組合などの事業も手がけ、アメリカに渡ってインディアナ州において共産主義的な生活と労働の共同体(ニューハーモニー村)の実現を目指すが失敗した。エンゲルスらから、サン=シモン、フーリエなどと共に空想的社会主義者と評されつつも、挙げた実績に関しては高い評価を受けた。

ニューラナーク・ミルホテル前にて記念撮影
ニューラナークはスコットランドのエジンバラからBRで約1時間、マザーウェルという駅で乗り換え、ラナーク駅から徒歩20分位のところにある。
さすがに北緯50度をこえると真夏なのに気温は17度、寒いくらい。川に水車小屋もあり、風光明媚なところでした。

紡績工場は今も稼動しており、観光客にはマフラーや衣類は販売していました。


幼児教育の施設で英国のお母さんと記念撮影

一緒に同行した伊藤和彦議員
もちろん、英国縦断鉄道の旅のツアーは旅行会社で探せばみつかるが、ニューラナーク(紡績工場跡地)でロバートオーエンの社会主義を学んでくるツアーはないと思うので、すべて自分で計画。往復航空券だけはJALのマイレージバンクで調達し、その他はメールでホテル、鉄道キップ(ブリットレイルパス)などを手配した。今回はその旅行記。

ラナーク駅(ニューラナークは世界遺産になっているが観光客はほとんどいない)
さて、ロバートオーエンはどんな人物か、紹介すると1771年、ウェールズのニュータウンで生まれた。1799年、グラスゴーの工場ニュー・ラナークを経営していたデイヴィッド・デイルの娘カロラインと結婚、のちニュー・ラナークの共同経営者となった。オウエンは、低所得の労働者階層の実情を目の当たりにし、幼少の子どもの工場労働を止めさせ、性格改良のための幼児の学校を工場に併設。性格形成学院と名づけた。幼児教育の最初の試みで、幼稚園の生みの親といわれるフリードリヒ・フレーベルよりも先んじて、就学前の子どものための学校を実践。教室での掛け軸の利用など、教育方法にも工夫を凝らした。
また生協運動の発端となった協同組合などの事業も手がけ、アメリカに渡ってインディアナ州において共産主義的な生活と労働の共同体(ニューハーモニー村)の実現を目指すが失敗した。エンゲルスらから、サン=シモン、フーリエなどと共に空想的社会主義者と評されつつも、挙げた実績に関しては高い評価を受けた。

ニューラナーク・ミルホテル前にて記念撮影
ニューラナークはスコットランドのエジンバラからBRで約1時間、マザーウェルという駅で乗り換え、ラナーク駅から徒歩20分位のところにある。
さすがに北緯50度をこえると真夏なのに気温は17度、寒いくらい。川に水車小屋もあり、風光明媚なところでした。

紡績工場は今も稼動しており、観光客にはマフラーや衣類は販売していました。


幼児教育の施設で英国のお母さんと記念撮影

一緒に同行した伊藤和彦議員
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