ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ロック最後の50枚

2010-01-06 03:23:45 | 60~70年代音楽

 ”愛と勇気のロック50 ベテラン・ロッカーの「新作」名盤を聴け! ”
 (中山康樹 著 小学館文庫)

 それにしても、どういうセンスのタイトルだ。もの凄く恥ずかしかったぞ、買うのが。かって”ジャズ名盤を聴け”なる書で、書店店頭で立ち読み中の私を発作的哄笑に叩き込んだ実績のある中山康樹の著書でなかったら当方、手に取る事もなかったろう。
 本書は、1950年代、60年代、70年代と言う、”ロックの黄金時代”に活躍したミュージシャンたちが世に出した”最近の新譜”ばかりが取り上げられている。奴等は”晩年”をどう生きているか?

 私のように”あの時代のロック”をリアルタイムで体験しながらもロックへの支持を途中でやめてしまった者にはこの本、興味深くもなかなかむず痒い気分のものである。
 本業がジャズ評論家である著者は、ジャズのファンが気に入ったミュージシャンをその生涯にわたって追い続けるのに対し、ロック・ファンはそうしないのをもったいないと感じてこのような本を書くことになったようだが。

 聴く事をやめてしまったものとして言わせてもらえばロックが”終わった”から聴くのをやめたのであって、もったいないといわれても困る。火の落ちた風呂桶に入り続けても、寒くなって風邪でもひくのがオチではないか。
 と、著者と読み手であるこちらの意識も微妙に食い違いつつ、それでもかって青春の血を滾らせて追いかけていたミュージシャンたちが今日、発表したアルバムへのきちんとした評をまとめて読めるのは興味深い。楽しんで読んだ、と言っていいだろう。それらアルバムを実際に聴く日はおそらく、来ないのだろうが。

 読んで行って感じたのは、彼らの人生は普通に続いている、ということだ。祭りの季節は終わっても、彼らはまたギターに弦を張り、スタジオに明かりをともす。それがつまり、ミュージシャンというものだから。ジャニスやジミのように都合よく夭折し得た者は少数派なのだ、言うまでもなく。
 そして私は、出る気持ちもない同窓会の案内状に目を通すような気分でこの書を読み終える。著者と評論家の坪内祐三の巻末対談には「ロックの最後を見届ける50枚」とのタイトルが付されてあった。