「雨は似合わない」by NSP
「意外な曲を持ってきましたね」
「別れた妻がこのグループのファンだったようです」
「ははあ。思い出の歌というわけですか」
「いや。そうでもないのです。彼女は私の前で、自分の好きな曲をあえて聴くという事をしたことはありませんでした。私が音楽マニアであることを、少し深刻に受け止め過ぎているようでしたね」
「そ、そりゃあ奥さん、お可哀そうに」
「この曲は先日、目が覚めたら枕元のつけっ放しにしていたラジオから流れていた、という形で偶然聴いたのです。子供の頃に見た悪夢の中で終止鳴り渡っていたようなメロディが妙に耳についてしまってね」
「確かに、このうら寂しい短調のメロディは、懐かしさのようなものも感じます」
「朝からこんな不景気なものは聴きたくなかったのだけど、思わず聴き入っていた。歌おうとする奴の音程をわざと狂わそう狂わそうと意図して作られたような不安定なメロディ展開を、いかにも頼りない男の子、と言った風情のボーカルがすがりつくようにして追って行く、ある種理不尽な構造が気になりました」
「全体に薄ら寒い冬の感じはよく出ています」
「少ない音を探り弾きして行くような電気ピアノがポツンポツンと裏で鳴っているのが、さらなる寂寥感を演出しているのだけれど、その間の空き過ぎの響きはほとんどシュールな絵画の風景を想起させるね」
「子供の頃、迷子になったときの寄る辺なさとかねえ」
「それにしても、この歌詞はなんなんだろう。冬に雨が似合わないって。冬の雨は冷たいから嫌だとか言うならまだ分るが。自然現象に似合うも似合わないもないだろうに。雨は季節に関係なく、降るときには降る。そもそも雨が冬に似合わないなら、夏には似合うというのか。春や秋はどうなのだっ」
「いちいち怒らないでください」
「怒ってはいないが。ともかくこの、歌いだした瞬間にもう人生の勝負に全面的に敗北しているような情けない感触が、最近、興味を持っている日本の陰気ビート歌謡の原風景に連なるものとして注目されるのですよ」
「陰気ビートってなんですか」
「いや、それはまた次回」
「続きものなんかい」