”It's Possible'”by Metawat Sapsanyakorn
タイのジャズマン、メータワット・サップセーンヤーコン。愛称がテーワン。ともかく進取の気性に富む人物で、これまでにも自身のサックスとタイの民俗楽器との饗宴による、ジャズとタイの民俗音楽との融合など演じて、我々スキモノを楽しませてくれた。
静かな水面に揺れる蓮の葉みたいな瞑想の最中にある伝統音楽の香気の中を、テーワンの奏でるサックスのジャズィなフレーズが駆け抜けて行く様は、実に鮮烈なタイ音楽再興のイメージを描き出してくれたものである。
そして今回は、意外にもバイオリンを手に、自国の伝統音楽との対戦、第3ラウンドに挑んで見せてくれた。ともかくも、こんなに達者なバイオリン奏者でもあったというのが、まず驚きなのであるが。
演じられている音楽も、バイオリンという楽器の持っている特性なのか、テーワンが意識的にそうしているのか、かって自身がサックスを吹いて作り上げたタイ民俗ジャズとは相当に様子が違う。より形から自由になった音楽を演じており、サウンドとしてはむしろロック、いわゆるプログレッシヴ・ロックに近付いている。
そしてジャズというこだわりから自由になったテーワンは、何だか童心に帰ったみたいな奔放さで、タイの古典大衆音楽と戯れている。遊んでいる、ただ無心に音楽と。
そのような演奏が繰り返されるうちに、テーワンが巨大なタイ音楽の流れのうちに抱きとめられ、魂の故郷に回帰して行く姿が見えてくる。すべてのこだわりを捨てて、自由な光の中へ。こういうのを解脱と呼ぶのだろうか。何だか神聖な光かなんか差して来ちゃう感じなのである。