ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

プラハの街角で

2010-01-04 03:24:50 | ヨーロッパ

 ”Lidove Pisnicky”by Lenka Filipova

 何かと気になるチェコのフォーク。これはその分野のかなりの傑物と申しましょうか。レンカ・フィリポワ女史の1998年作品であります。
 東欧に咲く一輪の薔薇とか、オーバーに誉めそやしたい気分なのだけれど、そんなことされてもびくともしないと思うよ、彼女。

 全編、ほぼ生ギター弾き語りだけの世界なのだけれど、退屈する性質のものではない。CDの冒頭、飛び出してくるギターのテクニックに「え、これ、彼女が本当に自分で弾いているの?」と仰け反り、そのまま持って行かれてしまう。我々の知っている範囲で例えれば、長谷川きよしなんかの弾き語りを思い出してくれればいい。

 めちゃくちゃ上手いのだが、それはフォークシンガーのギターの上手さではなくて、完全にクラシック・ギターのテクニックなのだ。使っているのもガット弦のギターである。
 その柔らかな、そしてシンフォニックという表現をあえて使いたい弦の響きに乗せて彼女は、しっとりと落ち着いた歌声を響かせる。歌われるメロディもまたクラシック色濃いものばかりで、まあ映像でしか見たことはないのだが、古い歴史を秘めた優雅な造りの建物が立ち並ぶプラハの街角が目に浮ぶような実に繊細で高雅な音楽世界である。

 これは彼女個人のクラシック音楽の教養がどうの、というのではないような気がする。むしろチェコという国の人々が普通に基礎教養として持っている文化の一側面といっていいのではないか。彼女は普通にフォークロアを演じているのだが、我々はその美しいメロディと達者なギターの爪弾きを、「へえ、クラシックの影響、濃いなあ」と捉えてしまう。
 ともかく彼女の歌もギターも揺るぎないものがあり、聴く者の心はすっかり古いプラハの街角と、そこに生きる人々の日々の陰影の中に誘われて行く。

 収められた一曲一曲の演奏時間は一様に短い。全42分の演奏時間に23曲が収められているのだから、推して知るべし。時にあっけなく感ずる場合もあり。すべてがオードブルのような軽さで、テーブルから取り下げられて行く。でも、それでいいんじゃないかな。これだけ高度に構築された音楽世界だからむしろ、余韻を残して去って行くくらいが粋というものだろう。

 あ、アルバムタイトルは、教えてもらったところでは「愛を台無しにする1000の方法」という意味だそうです。端正な唄と演奏からは、そのような生々しい世界はまるで想像できないんで、ちょっとドキッとさせられる。
 また、アルバムのジャケを開くと、中には全曲の楽譜とコード譜が載っていて、これにも驚いた。代わりに資料等は何も書かれていず。まあ、書いてあったところでチェコ語は一言も分らない当方であり、同じことなんだけどね。