千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『永遠の語らい』

2005-05-14 18:06:13 | Movie
物語の結末は重要である。三島由紀夫の「豊饒の海」を読み終わった瞬間に、「春の雪」のプロローグから読み直したいという衝動にかられた。小説は、何回も読み直せる。けれども、語り部の本多老と同じように、時は戻すことはできない。歴史と失った生命は、永遠に去っていくだけだ。

ポルトガルに住む7歳のマリア=ジョアナは、リスボン大学で歴史を教えている母ローザ=マリアに連れられて、父の待つインドへ地中海を渡る船旅にでた。

マルセイユ、ボンベイ、アクロポリス、様々な寄港先で遺跡をめぐり、母は娘に歴史、戦争や文明について語る。長い亜麻色の髪を結んだマリアは、そんな知性とおだやかで落ち着いた物腰の母に、素朴な質問を次々と投げかける。そんな母と娘の微笑ましい姿に、ある時はギリシャ正教を学ぶ神父、俳優などが声をかけてくる。

船内の晩餐会で、船長(ジョン・マルコビッチ)、実業家(カトリーヌ・ドウーブ)、元モデル(ステファニア・サンドレッリ)や女優(イレーネ・パパス)らが、それぞれの母国語で、これまでの生活を語り合っている。船長に誘われてローザとマリアもその席に移り、女優が優雅にギリシャ民謡を歌いはじめる。船内は、おだやかな幸福感と平和に満たされていくのだが。

カメラアングルはあえて平板に、シンプルにしている。港が映るくすんだトーンの場面は、泰西名画を見ているような錯覚におちる。全編音が鳴っているような最近の映画と異なり、音楽は殆ど使われていない静けさが、歴史学者ローザの解説をシンプルな美しい音楽にしているともいえる。次々と登場してくる遺跡を見ていると長い歴史の栄光と繁栄、そして衰退に大きな人類の流れとその行方に、いつのまにか思いをはせている。

この映画は、映画の好みが自分と近く、その選択眼に信頼のおける友人のイチオシだった。(「スイミング・プール」も彼女のおすすめ)地味な映画である。何度も出てくる船の舳先のシーン。こども向けの文部科学省推薦映画と勘違いしてしまうかもしれない。もしかしたらこのうえなく退屈と感じる方もいるであろう。ただし、ラストを観るまでは。
映画監督マノエル・ド・オリヴェイラが、95歳にしてこの映画を製作した、これは教養映画でも歴史映画でもなく、メッセージ性の強い映画だ。
ジョン・マルコビッチをはじめとして、これだけの役者が少ない登場シーンにもかかわらず出演したのも納得。晩餐会で4人のそれぞれの母国である”異なる言語”にもかかわらず、”対話”が成立していることの場面が胸に訴える。早くに愛する夫を失ったためにこどもがいない元モデルが、マリアを見て、涙をうかべて娘が欲しかったとしみじみと語る。古代文明も西欧の優雅な芸術も、綿々とつながった生と死のくりかえしの作品なのだ。
最後の一皿をしっかり味わうことができたら、あなたはもうこのポルトガル料理店のシェフの名前を忘れられないだろう。

原題「Um Filme Falado」は「語る映画」

観客の感情だけではなく、理性も納得させたい。
派手な作品であれば、人は振り向きますが、
それらには実は魅力もなければ深さもありません。
観客はもっと素晴らしいものに値するものだと思います。
私の映画が、観客に何かそれ以上のものをつたえるものであって欲しい、
と思います。
                              -マノエル・ド・オリヴェイラ