【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

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原武史『松本清張の「遺言」』文春文庫、2018年

2018-12-23 20:17:01 | 文学
  

本書は松本清張の遺作『神々の乱心』を読み解いたもの。『神々の乱心』は清張の最後の長編推理小説です。『週刊文春』の1990年3月29日号から1992年5月21日号までに掲載され、未完のまま、清張の死によって断絶となりました。清張はあと10回分もあれば十分と生前に編集者に語っていたそうです。

『神々の乱心』は、本来、天皇につかなくてはいけない神々が、「乱心」をおこして、天皇以外の人物についてしまうという意味のようです。皇室を乗っ取ろうとする新興宗教の教祖の野望です。

 主人公は平田有信、吉屋謙介、萩園康之です。平田は月振会という謎の宗教団体の教祖で、埼玉警察部特攻警部の吉屋と、子爵の兄、高等女官の姉をもつ萩園が月振会に接近を試みますが、警察に睨みをきかせる枢密院顧問の江東茂代治が萩園家の外戚であるために、吉屋の内偵がうまくすすみません。他方、萩園は奈良県吉野の倉内坐(くらうちます)春日神社禰宜の北村友一を月振会に潜入させ、内部情報を得ようとします。

 「神々の乱心」を読み進めると、教祖の平田は、その妻の静子とともに、三種の神器を準備し、皇室ののっとりを図ろうとしていることがわかります。

 この小説は一見、途方もない荒唐無稽なフィクションのように読めます。しかし、清張は昭和史発掘や2・26事件に関する膨大な資料収集、聞き取り調査をすすめるうちに、実際、皇室内部に確執(貞明皇后と昭和天皇との確執)、秩父宮の擁立構想があったことに気が付いたようです。しかも、高松宮を昭和天皇と挿げ替えることを画策した島津ハルの事件(1936年)が宮中であり、清張はこの事件にヒントを得て、小説の構想を得たようです。

 そもそも三種の神器などは誰もそれをセットにしてみたことがなく、本物などありえない摩訶不思議なことにつけこんで、旧満州で暗躍していた人物が新興宗教をたちあげ、偽の三種の神器をかかげて皇室の内部の人間と連絡をとりつつ、その転覆を狙うというのですから、清張でなくては書けえなかった題材です。圧巻の推理小説です。残念ながら未完ですが、著者はこの小説の顛末を予想し、最後にいくつかの可能性を掲げています。

 『松本清張の「遺言」』の著者、原武史さんは、この小説とかかわる皇居、秩父、吉野、足利、満州を選び、そこから謎をといていく手法で、清張の意図と問題意識を解き明かしています。

わたしはこの本に触発されて、原書の『神々の乱心(上巻・下巻)』を読了しました。

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