【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

宮尾登美子『伽羅の香り』中央公論社、1982年

2012-04-06 00:48:12 | 小説

            

  明治後半から昭和の戦後直後まで、三重県多賀村(たげむら)の山林王(本庄家)の一人娘として不自由なく育った葵が従兄と結婚、上京して二児に恵まれたが、夫(景造)の急死、両親(祐作、仲)の死、そして娘(素子)と息子(倫宏)を結核で相次いで失くしますが、幼少の頃叔父の感化で知った香道の世界で一条の光を見出すものの、それもつかの間、自身が病に倒れ、再婚の夢を諦め、故郷に還っていくという一大人生絵巻です。


  主人公の葵は長い人生を純粋に生きましたが、結婚にいたるまでに友人として敬愛していた女性(天春逸子)との間での一人の男性(従兄)をめぐる確執、叔父(貢)の死後に発覚した夫の不義、墓所を定めるとき、家を東京に建てるときの主張と決断、夫が生前に花柳界でであった女性との間に生まれた女の子(楠子)の出奔、香道にいきた友人、弟子たちの離反など、その人生は波乱万丈そのものでした。

  読書をぐいぐいと引き込む小説づくりの手腕はさすがです。

 わたしは香道の世界に関する知識は皆無、だが知らない世界を知るのは興味深く、愉しいです。

  香を「聞く」とは? 「香を覚えるには一人夜半に聞くにしかず、・・・ガス火の上に小っちゃな炭田を載せ、団扇で煽いで全体が火の玉になった頃、香炉の中にそれを埋め、自分の居間に運んで来て心静かに灰点前をする。深沈と更けてゆく夜の音ともに心が落ち着いて来、やがてきれいに箸目が揃ってその上に雲母と香の一片を載せると得もいわれぬ香が立ってくる。するといつの間にか雑念が遠くへ押しやられ、幾百年の昔の堂上人たちの世界に魂は飛んでその一筋の香煙の中に自分を投入出来るであった。/ゆっくりと吸い、少しづつ吐き出してああ、これがかの若紫か、とわが五官に刻みつけいく度も確かめてはひとりで覚えていく」(p。176)。
  伝世香木の世界に遊ぶこと、香を聞くことによって得られる怡悦(いえつ)の極みというのは、こういう境地らしいです。それには古典の素養がなくてはならいとのこと。


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