673)イベルメクチン(Ivermectin)の抗がん作用(その1):寄生虫治療薬ががん細胞を死滅する

図:イベルメクチンは糞線虫症、糸状虫症、疥癬症など多くの寄生虫疾患の治療に使用されている。イベルメクチンが様々なメカニズムで抗がん作用を発揮することが報告されている。

673)イベルメクチン(Ivermectin)の抗がん作用(その1):寄生虫治療薬ががん細胞を死滅する

【寄生虫治療薬はがんにも効く?】
心臓病や脳疾患や代謝性疾患など多くの疾患は、「臓器や組織の機能の低下や喪失」が発症の原因となっています。
一方、がんは異常細胞の塊によって構成される新たな組織の発生によって引き起こされます。
がん組織は異常な増殖能を持った細胞の塊ですが、正常な間質細胞(線維芽細胞や炎症細胞など)や血管を取り込んで、一つの組織といえる新しい集合体を作っています。そして、自律増殖能を有し、浸潤・転移によって全身に広がり、宿主である私たちの体が死ぬまで無制限に増殖します。
このような性質は、寄生虫や細菌など感染性疾患と似ています。
つまり、がんは寄生虫のように体に寄生し、正常な体を蝕んでいく性質を持っています
それが理由がどうかは不明ですが、なぜか寄生虫の治療に使われる薬ががんにも効くという例が数多く知られています。
これらは副作用が少なく安全性が高く、比較的安価なので、これらの寄生虫治療薬を複数組み合わせたがん治療の可能性が指摘されています。
最近話題になっているフェンベンダゾールメベンダゾールはベンズイミダゾール系の広範囲作用型の寄生虫治療薬(駆虫薬)です。線虫、条虫(サナダムシ)、回虫など多くの寄生虫に広く作用します。培養細胞(in vitro)や動物実験(in vivo)やコンピュータ解析(in silico)など複数の実験系で強い抗がん活性が報告されています(648話参照)。
今年の5月の連休明けにインターネットで話題になってから、がんの代替療法として利用しているがん患者さんが増えています。(日刊ゲンダイDigitalの記事
メベンダゾールは多彩なメカニズムでがん細胞の増殖を抑え、細胞死(アポトーシス)を誘導します(下図)。 

 

図:細胞分裂の際に複製されたDNA(染色体)は微小管によってそれぞれの細胞に分けられる(①)。微小管はαチュブリンとβチュブリンが結合したヘテロ二量体を基本単位として構成され、チュブリンのヘテロ二量体が繊維状につながったものをプロトフィラメントと呼び、これが13本集まって管状の構造(直径25nm)になったものが微小管となる。メベンダゾールはチュブリンに結合して微小管の重合を阻害し、細胞分裂のM期を停止させてアポトーシスを起こす(②)。血管内皮細胞の血管内皮細胞増殖因子受容体-2(VEGFR-2)に血管内皮細胞増殖因子(VEGF)が結合するとVEGFR-2は二量体を形成し、チロシンキナーゼドメインに存在するチロシン残基の自己リン酸化が引き起こされ、細胞内のシグナル伝達系が活性化され、血管内皮細胞の増殖や血管形成が促進されて血管新生が促進する(③)。メベンダゾールはVEGFR-2の活性化を阻止して血管新生を阻害する(④)。Wntが受容体のFrizzledとLRP5/6に結合してWntシグナルが活性化されるとβ-カテニンが細胞質内で増加して核内に移行して転写因子のTCFに結合し、β-カテニン/TCFのターゲット遺伝子(c-mycやサイクリンD1など)の転写を活性化して、細胞の増殖を亢進する(⑤)。 メベンダゾールはTCFを活性化するキナーゼのTNIK (Traf2- and Nck-interacting kinase)を阻害してTCFの転写活性を阻害する(⑥)。このように、メベンダゾールは多彩なメカニズムで、がん細胞の増殖を阻止し、細胞死を誘導する。

マラリア治療薬として世界的に使用されているアルテミシニン(Artemisinin)誘導体アルテスネイト(Artesunate)アルテメーター(Artemether)も、抗がん物質として注目を集めています。
アルテスネイトやアルテミシンやアルテメーターはセスキテルペン・ラクトンの一種で、分子の中にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持っています。
このエンドペルオキシド・ブリッジ(-C-O-O-C-)は鉄イオンと反応してフリーラジカルを発生します。がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序が提唱されています。つまり鉄介在性の細胞死です(下図)。  

図:がん細胞は細胞内に鉄を多く含む(①)。アルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持つ(②)。このエンドペルオキシド・ブリッジは細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを産生し、フェロトーシスの機序で細胞死を誘導する(③)。一方、正常細胞は鉄の含有が少ないので、アルテスネイトによる細胞傷害を受けない(④)。

このアルテスネイトによる鉄介在性の細胞死は2000年頃から知られており、以前は「がん細胞に多く含まれる2価の鉄イオンとアルテスネイトが反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させる」と簡単に理解されていましたが、2012年にフェロトーシス(Ferroptosis)という鉄介在性の細胞死の存在が提唱され、そのメカニズムが明らかになってきて、アルテスネイトの抗がん作用に注目が集まってきています。(615話参照)。
断酒薬として使用されているジスルフィラムは元々は疥癬などの寄生虫疾患の治療薬として使用され、その後アルコール中毒の治療薬として使用されていますが、最近の研究で、がん治療薬として有望な作用が発見されています。特に、がん幹細胞のマーカーにもなっている(がん幹細胞に多く発現している)アルデヒド脱水素酵素を阻害し、さらにプロテアソームを阻害して、酸化ストレスと小胞体ストレスを高めて、がん幹細胞の抗がん剤感受性を高める作用が注目されています(671話)。

図:ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸に変換され(①)、さらにジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドに代謝される(②)。ジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドは、アルデヒド脱水素酵素の酵素活性部位のシステインのスルフヒドリル基(-SH)と反応して結合し、酵素活性を阻害する(③)。同様なメカニズム(タンパク質のシステインに反応して活性を阻害する機序)によって、様々ながん促進性のタンパク質を阻害する。

尿路感染症の治療薬として使用されているニトロキソリン656話657話)、抗生物質のドキシサイクリン559話)、抗真菌薬のイトラコナゾール(itraconazole)もがん治療薬としての再利用が研究されています。
今回紹介するイベルメクチン(ivermectin)は腸管糞線虫症や疥癬の治療薬ですが、多彩なメカニズムでの抗がん作用が発見され、がんの代替療法で使用されています。
報告されている論文の内容を検討すると、生体利用率や安全性や有効性が高く、その多彩な作用メカニズムなどの点から、がん治療薬として再利用する価値がかなり高いように感じています。寄生虫治療薬を組み合わせたがん治療を行うときに中心となる薬です。

【イベルメクチンは寄生虫疾患治療薬として世界中で使用されている】
イベルメクチンは、土壌から分離された放線菌Streptomyces avermitilisの発酵産物から単離されたアベルメクチン類から誘導されました。日本国内では、2002年に腸管糞線虫症治療薬として承認され、2006年に疥癬の適応が追加となっています。
イベルメクチンは無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロライドチャネルに選択的かつ高い親和性を持って結合します。イベルメクチンはこのチャネルに結合し、チャネルを開いた状態で固定します。これにより、クロライドに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極が生じ、その結果、寄生虫を麻痺させ駆虫活性を発現するものと考えられています。
このグルタミン酸作動性クロライドチャネルは脊椎動物には存在しないので、人間や家畜に投与しても副作用が極めて少なく、寄生虫を確実に死滅できます。
イベルメクチンは、中南米やアフリカのナイジェリアやエチオピアで感染者が多く発生している糸状虫症の特効薬です。糸状虫症はオンコセルカ症河川盲目症とも呼ばれ、激しい掻痒、外観を損なう皮膚の変化、永久失明を含む視覚障害を起こします。
その他、多くの種類の寄生虫疾患に有効で、人間だけでなく、動物の寄生虫疾患治療薬として広く使用されています。
2015年ノーベル生理学・医学賞は「寄生虫感染症に対する新規治療物質に関する発見」で北里大学特別栄誉教授の大村智氏および米ドリュー大学名誉リサーチフェローのW. C. キャンベル(William C. Campbell)氏、「マラリアの新規治療法に関する発見」で中国中医科学院教授の屠呦呦(ト・ユウユウ,Youyou Tu)氏に贈られています。
「マラリアの新規治療法」というのはアルテミシニン誘導体のことです。
大村博士は様々な抗生物質を作り出すストレプトマイセス属の土壌細菌に注目し、土壌サンプルから採集した菌を培養し、キャンベル博士はこれらの活性を調べ、寄生虫に対して有効な物質を突き止めました。それがストレプトマイセス・アベルミティリス(Streptomyces avermitilis)という菌が作り出す物質で、アベルメクチンと名づけられました。
このアベルメクチンを化学的に改変してさらに効果を高めたのがイベルメクチンです。
この薬によって,オンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症など寄生虫が引き起こす感染症を劇的に減らすことが可能になりました。
オンコセルカ症は寄生虫によって目の角膜に慢性の炎症が起こり,失明につながります。リンパ系フィラリア症は現在も世界で1億人以上が感染し,成虫やミクロフィラリアに起因するリンパ管やリンパ節の炎症を起こし、これが繰り返されることでリンパ管の閉塞や破裂が起こります。その結果、身体の感染部位が膨れ上がって象皮病陰嚢水腫などの症状を引き起こします(下図)。

 

図:(左)バンクロフト糸状虫がリンパ管やリンパ節の炎症を起こし、これが繰り返されることでリンパ管の閉塞が起こり、リンパ浮腫が起こる。この浮腫の刺激によって皮膚や皮下組織の結合組織が増殖して象皮病となる。
(右)回旋糸状虫は目に感染して失明につながる。 

イベルメクチンの安全性は非常に高く、寄生虫に感染した人間に対して、寄生虫が死滅する過程で引き起こされる免疫応答や炎症反応に起因する症状以外には、副作用はほとんど起こらない言われています。
さらに、多数の前臨床試験で抗がん作用が確認されています。
したがって、がん治療薬として再利用を検討する候補薬としての条件が揃っていると言えます。

【イベルメクチンは様々な機序で抗がん作用を発揮する】
培養細胞を使った実験では、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、頭頸部がん、大腸がん、膵臓がん、悪性黒色腫など多くのがん種で抗腫瘍効果が報告されています。臨床で人間が服用して達しうる血中濃度で抗腫瘍効果が認められています。
増殖抑制やアポトーシス誘導だけでなく血管新生阻害作用を示すことも報告されています。動物実験でも抗腫瘍効果が認められています。
例えば、以下のような報告があります。

Anthelmintic drug ivermectin inhibits angiogenesis, growth and survival of glioblastoma through inducing mitochondrial dysfunction and oxidative stress. (駆虫薬イベルメクチンは、ミトコンドリア機能障害と酸化ストレスを誘導することにより、膠芽腫の血管新生と増殖と生存を阻害する)Biochem Biophys Res Commun. 2016 Nov 18;480(3):415-421.

【要旨】
膠芽腫は、最も血管が豊富な脳腫瘍の1つであり、現在の治療法に対して非常に抵抗性を示す。
膠芽腫細胞と血管新生の両方を標的とすることは、膠芽腫の効果的な治療戦略となる。我々は、駆虫薬のイベルメクチンがin vitroおよびin vivoの実験系で膠芽腫細胞に対して抗腫瘍効果を示し、さらに血管新生阻害作用を有することを示した。
イベルメクチンは、U87およびT98G膠芽腫細胞の成長と足場非依存性コロニー形成を著しく阻害し、カスパーゼ依存的にこれらの細胞のアポトーシスを誘導する。
イベルメクチンは、2つの独立した膠芽腫細胞株の異種移植マウスモデルの実験系において、腫瘍の増殖を著しく抑制する。
さらに、イベルメクチンは、ヒト脳微小血管内皮細胞(HBMEC)の毛細血管網の形成、増殖、および生存を阻害することにより、血管新生を効果的に阻害する。
U87、T98G、およびHBMEC細胞において、イベルメクチンの投与は、ミトコンドリア呼吸、膜電位、ATPレベルを低下させ、ミトコンドリアにおけるスーパーオキシドを増加させる。
これらのイベルメクチンの作用は、ミトコンドリア欠損細胞または抗酸化剤で処理された細胞で著しく抑制される。これは、イベルメクチンの抗がん作用がミトコンドリア呼吸阻害および酸化ストレスの誘導を介して作用することを示唆している。
重要なことに、イベルメクチンは膠芽腫およびHBMEC細胞のAkt、mTORおよびリボソームS6のリン酸化を抑制した。これは、イベルメクチンがAkt / mTOR経路を阻害することを示唆している
全体として、我々の研究は、イベルメクチンが膠芽腫の治療において有用であることを示している。また、神経膠芽腫のミトコンドリア代謝を標的とする治療法の有効性を明らかにしている。

イベルメクチンの抗がん作用のメカニズムとして、ミトコンドリア呼吸阻害、酸化ストレスの誘導、Akt / mTOR経路の阻害、血管新生阻害などを示しています。これは、ミトコンドリア呼吸阻害作用があるメトホルミン、酸化ストレスを誘導する薬剤(アルテスネイト、ジスルフィラム、オーラノフィンなど)、Akt / mTOR経路の阻害作用のあるジインドリルメタン、血管新生阻害作用のあるメベンダゾールなど再利用医薬品との相乗効果が期待できることを示唆しています。
以下のような総説論文があります。

The multitargeted drug ivermectin: from an antiparasitic agent to a repositioned cancer drug(多標的薬物イベルメクチン:抗寄生虫剤から再利用抗がん剤まで)Am J Cancer Res. 2018; 8(2): 317–331.

【要旨】
医薬品再利用(drug repositioning)は、抗がん剤を発見し開発する手段の一つとして盛んに研究が行われている。この医薬品開発の方法によって、既存の医薬品から新たな適用疾患が見つかっている。イベルメクチン(Ivermectin)は1967年に発見された16員環性の大環状ラクトン(16-membered macrocyclic lactone)の一種のアベルメクチン(avermectin)のグループの化合物で、人間への使用が1987年にFDA(米国食品医薬品局)によって承認された。
イベルメクチンは世界中において、多数の患者によって使用され、その臨床的安全性は極めて高い。この総説では、イベルメクチンが多種類のがんにおいて多彩なメカニズムで抗腫瘍効果を発揮するin vitroとin vivoのエビデンスをまとめる。
イベルメクチンは、多剤耐性タンパク質(MDR)、Akt / mTORおよびWNT-TCF経路、プリン作動性受容体、PAK-1タンパク質、SIN3AおよびSIN3Bのようながん関連エピジェネティックな調節解除因子、RNAヘリカーゼ活性、塩化物チャネル受容体などのいくつかの標的に作用し、特にがん幹細胞の特性を有するがん細胞をターゲットにする。
重要なことには、イベルメクチンのin vitroおよびin vivoの抗腫瘍活性は、健康な人間および寄生虫感染患者で行われたヒト薬物動態研究に基づいて臨床的に到達可能な濃度で達成される。したがって、イベルメクチンに関する既存の情報により、がん患者の臨床試験への迅速な移行が可能になる。

【コンピュータ解析でイベルメクチンの抗がん剤が示されている】
最近は、薬剤の候補物質がデータベース化され、細胞の受容体やシグナル伝達物質の構造のデータベースや、抗がん剤による遺伝子発現パターンのデータベースなど様々な情報をコンピューターを使って探索する方法(in silico)もあります。
in silico」という用語は,「コンピュータ(シリコンチップ)の中で」の意味で、in vitro(試験管内)in vivo(生体内)に対応して作られた用語で、コンピューターを駆使した研究です。
米国では、FDA(米国食品医薬品局)が承認した既存薬や、開発に失敗して製薬企業内で保存されている物質のデーターベースが公開されており、様々な手法で新たな薬効を見つける研究が進んでいます。
コンピュータ解析によるin silicoの研究でも、イベルメクチンの抗がん作用が推定されています。以下のような報告があります。

Drug Repositioning for Cancer Therapy Based on Large-Scale Drug-Induced Transcriptional Signatures.(大規模な薬物誘発性転写パターンに基づくがん治療のための薬物再利用)PLoS One. 2016; 11(3): e0150460.

【要旨の抜粋】
膠芽腫、肺がん、乳がんの3種類のがんを対象に、再利用薬物の候補を予測するために、インシリコ化学ゲノミクスアプローチ( in silico chemical genomics approach)を開発した。この方法は、多数のがん細胞株における、20000種類におよぶ薬剤によって誘導される遺伝子発現パターンに関する最近の大規模なデータに基づいている。このデータベースによって既知の薬および未知の薬における遺伝子転写パターンの変化に関する情報を得ることができ、薬剤の作用機序に関する豊富な情報を得ることができる。
薬物誘発遺伝子発現プロファイルは、新規の再利用薬物候補を特定する上で非常に有用である。
我々は、遺伝子発現パターンのみに基づいて14種類の高得点を示した再利用薬物候補を予測した。 14種類の薬剤のうち8種類が膠芽腫に対して有意な抗増殖活性を示した。
この8種類は、イベルメクチン(ivermectin)、トリフルリジン(trifluridine)、アステミゾール(astemizole)、アムロジピン(amlodipine)、マプロチリン(maprotiline)、アポモルフィン(apomorphine)、モメタゾン(mometasone)、およびノルトリプチリン(nortriptyline)である。
遺伝子発現パターンに基づく再利用薬物候補の予測スコアは、細胞ベースの実験結果と強く相関した。上位7つの薬物候補は、細胞を用いた実験で有効性を認めた。

既存の薬の抗がん活性を検討するのは、培養がん細胞を用いた細胞傷害作用の検討で大まかに評価できるので、スクリーニングは簡単です。さらに、最近は、いろんな物質に対する遺伝子発現パターンのデータベースや、NCI(米国がん研究所)が提供している60種類のがん細胞株(NCI60がん細胞パネル)における様々な抗がん剤の薬剤感受性のパターンのデータベースなどを使うと、その物質の作用機序やがん細胞特異性などが推測できます。このようにして、何千種類という既存の薬や候補薬剤からスクリニーングして新たながん治療薬を作り出そうというのががん治療領域のDrug Repositioning(医薬品再利用)です。
このようなコンピュータを使った探索でも、イベルメクチンやメベンダゾールなどの寄生虫治療薬はいつも上位に検出されています。
医薬品再利用(drug repositioning)は、抗がん剤の開発を加速する賢い手段であるという認識が高まっています。これまでのところ、がん治療以外で承認されている医薬品のうち、少なくとも235個の薬において、in vitro、in vivoまたは臨床的に抗腫瘍活性が証明されています。
この235種類の医薬品のうち、67(29%)はWHO必須医薬品リスト(WHO list of essential medicines)の薬であり、176(75%)は特許期限切れの医薬品で、133(57%)はがん患者での臨床データがあります。4種類(サリドマイド、全トランス・レチノイン酸、ゾレドロン酸、非ステロイド性抗炎症剤)はがん治療における使用法のガイドラインが既に存在します。
その他に、ランダム化臨床試験でがん治療に有効性が報告されている再利用医薬品としてシメチジン(大腸がん)、プロゲステロン(乳がん)、イトラコナゾール(肺がん)などが報告されています。
Repurposing non-cancer drugs in oncology-How many drugs are out there?  bioRxiv. 2017:197434. )

これらのうち、イベルメクチンは人間と動物の両方において寄生虫疾患治療薬として広く使用されています
イベルメクチンは、安全性が非常に高く、副作用はほとんど起こらないと言われています。さらに、複数の前臨床試験で抗がん作用が確認されているので、がん治療薬として再利用を検討する候補薬としての条件が揃っています。
ターゲットが単一で非常に選択的な抗がん剤は、抵抗性を獲得したがん細胞の出現が早いという欠点が知られています。したがって、ターゲットが複数の多彩なメカニズムで抗がん作用を発揮する抗がん剤を開発することの重要性が指摘されています。
この観点で、イベルメクチンは、多剤耐性タンパク質(MDR)、Akt / mTORおよびWNT-TCF経路、プリン作動性受容体、PAK-1タンパク質、SIN3AおよびSIN3Bのようながん関連エピジェネティックな調節解除因子、RNAヘリカーゼ活性などのいくつかの標的を調節し、さらに、細胞の過分極につながる塩化物チャネル受容体を刺激し、少なくとも乳がんにおいては、がん幹細胞の特性を維持する遺伝子の発現を抑制することが報告されています。
さらに重要なことには、イベルメクチンのin vitroおよびin vivoの抗腫瘍活性は、健康な患者および寄生虫患者で行われたヒト薬物動態研究に基づいて臨床的に到達可能な濃度で達成されることです
したがって、イベルメクチンをがん治療薬として臨床試験を開始するエビデンスは十分にあると言えます。
イベルメクチンは通常の寄生虫疾患(糸状虫症、糞線虫症、ぎょう虫感染症)では150から200 μg/kg、リンパ系フィラリア症では400μg/kgを1から2回服用します。体重60kgで1日に12mgから24mgになります。
寄生虫に対する死滅作用が強いので、通常は1回か2回で治療は終了します。つまり、寄生虫の場合は、1回か2回の投与で、ほとんどの寄生虫は死滅します。しかし、がん治療の場合は、がん細胞は直ぐには死滅しないので、ある程度の期間服用します。
オンコセルカ症の治療では、イベルメクチンを経口で1回投与し、症状がなくなるまで6~12カ月毎に反復投与します。イベルメクチンはミクロフィラリアを死滅させ、皮膚と眼のミクロフィラリアの数を減少させ、数カ月にわたって成虫によるミクロフィラリアの産生を抑えることができます。この薬は成虫を死滅させるわけではありませんが、繰り返し投与することで繁殖能力を低下させます。
場合によっては、ドキシサイクリンを4~6週間投与することもあります。これにより、回旋糸状虫の体内に存在し、その生存に欠かせない細菌を死滅させます。その結果、回旋糸状虫は死にます。副作用は通常は軽度です。
ドキシサイクリンは抗がん作用もあります。(559話参照)
つまり、寄生虫疾患の治療と同様に、イベルメクチンとドキシサイクリンの併用が相乗的な抗がん作用を発揮する可能性があります。
イベルメクチンとドキシサイクリンの併用、さらにメベンダゾールやジスルフィラムの併用も抗がん作用を強化できる可能性があります。他に治療法が無くなった場合、試してみる価値はあります。「寄生虫治療薬ががんに効く」というのは、多くの研究でかなり信憑性が高い感じです。
がんに対する効果を高めるためにはイベルメクチンの血中濃度を高める必要があります。イベルメクチンは脂溶性なので、脂肪の多い食事で吸収が高くなります。
寄生虫疾患の治療では、脂肪で吸収が亢進して血中濃度が高くなるのを懸念して空腹時の服用を指定しています。しかし、がん治療の場合は、むしろ少ない服用量で血中濃度を高めるために脂肪の多い食事の後の服用の方が理にかなっています。
また安全性は極めて高いのですが、半減期が長いので、長期に継続して服用すると血中濃度が高くなる可能性もあります。ただ、薬の吸収や代謝は個人差があり、イベルメクチンに対するがん細胞の感受性も異なるので、がん治療に使うときは、副作用の有無や効果を評価しながら、試行錯誤の服用になります。
つまり、がんの治療法や、イベルメクチンの作用機序や薬物動態などに詳しい医師や薬剤師に相談するのが良いと思います。(ただし、イベルメクチンの作用機序や薬物動態に詳しい医師や薬剤師はほとんどいないと思いますので、がん治療の場合は、自己責任での使用になります。)

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