671)断酒薬ジスルフィラムはがん幹細胞の抗がん剤感受性を高める

図:がん組織にはがん幹細胞と呼ばれる細胞が存在して、通常のがん細胞(成熟がん細胞)を供給しながらがん組織を構成している(①)。成熟がん細胞は抗がん剤で死滅しやすい(②)。しかし、がん幹細胞は死滅しにくいので抗がん剤治療で生き残る(③)。がん幹細胞は腫瘍形成能を持つので、生き残ったがん幹細胞が増殖して、抗がん剤治療を繰り返すと抗がん剤抵抗性のがん幹細胞が増え、さらに腫瘍は増大する(④)。ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素やプロテアソームを阻害し(⑤)、がん細胞の酸化ストレスと小胞体ストレスを亢進する(⑥)。その結果、がん幹細胞は死滅しやすくなり、抗がん剤感受性が亢進する(⑦)。オーラノフィン、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)、ジクロロ酢酸(DCA)、セレコキシブ、アルテスネイトもがん細胞の酸化ストレスと小胞体ストレスを亢進する(⑧)。したがって、抗がん剤治療にこれらの治療法を併用すると、がんを消滅できる(⑨)。

671)断酒薬ジスルフィラムはがん幹細胞の抗がん剤感受性を高める

【寄生虫や真菌や原虫や細菌などの感染症治療薬ががん治療に再利用されている】
すでに使用されている薬の新規な効能を見つけて、別の疾患の治療薬に開発することを「医薬品再開発(再利用)」と言います。
医薬品再開発は「ドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning)」あるいは「ドラッグ・リパーポジング(Drug Repurposing)」の日本語訳です。「Repositioning」や「Repurposing」というのは、位置や立場(position)や目的や意図(purpose)を新たにする(re-)という意味です。医薬品の「再開発」や「再利用」という意味です。
既存薬や薬の候補成分を、培養がん細胞(in vitro)や移植腫瘍などを使った動物実験(in vivo)で抗がん活性を見つければ、すでに安全性や薬物動態が判っているので比較的早く臨床試験を実施できます。
最近は、薬剤の候補物質がデータベース化され、細胞の受容体やシグナル伝達物質の構造のデータベースや、抗がん剤による遺伝子発現パターンのデータベースなど様々な情報をコンピューターを使って探索する方法(in silico)もあります。
in silico」という用語は,「コンピュータ(シリコンチップ)の中で」の意味で、in vitro(試験管内で)やin vivo(生体内で)に対応して作られた用語で、コンピューターを駆使した研究です。米国では、FDA(米国食品医薬品局)が承認した既存薬や、開発に失敗して製薬企業内で保存されている物質のデーターベースが公開されており、様々な手法で新たな薬効を見つける研究が進んでいます。
このような手法で、FDAが認可した医薬品の中で、がん治療薬以外の200以上の医薬品に抗がん作用が見つかっていると言われています。このような医薬品は、もし臨床で十分な抗腫瘍活性が確認されれば、がん治療薬として再利用できることになります。
さて、がん治療以外に使用されていて強い抗がん活性が見つかって臨床応用が有望視されている薬の中には寄生虫や真菌や細菌などの感染症治療薬が多く含まれています。様々な寄生虫や病原体を死滅する薬はがん細胞を死滅する効果を共通に有している印象です。
最近話題になっているフェンベンダゾールメベンダゾールはベンズイミダゾール系の広範囲作用型の寄生虫治療薬(駆虫薬)です。線虫、条虫(サナダムシ)、回虫など多くの寄生虫に広く作用します。培養細胞や動物実験やコンピュータ解析など複数の実験系で強い抗がん活性が報告されています(648話参照)。今年の5月にインターネットで話題になってから、がんの代替療法として利用しているがん患者さんが増えています(インターネットで入手できます)
マラリア治療薬として世界的に使用されているアルテミシニン(Artemisinin)誘導体のアルテスネイト(Artesunate)アルテメーター(Artemether)は、近年、抗がん物質として注目を集めています。アルテスネイトやアルテメーターは分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するendoperoxide bridge を持っており、がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序が提唱されています。最近の報告ではアルテスネイトがフェロトーシス(Ferroptosis)という鉄が介在する細胞死を誘導することが注目されています(615話参照)。
イベルメクチン(ivermectin)は腸管糞線虫症や疥癬の治療薬ですが、多彩なメカニズムでの抗がん作用が発見され、がんの代替療法で注目されています。
抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士とイベルメクチンを発見した日本の大村智博士は、2015年のノーベル医学生理学賞を一緒に受賞しています。
尿路感染症の治療薬として使用されているニトロキソリン656話657話)、抗真菌薬のイトラコナゾール(itraconazole)もがん治療薬としての再利用が研究されています。
今回紹介するジスルフィラムも疥癬などの寄生虫疾患の治療薬として使用され、その後アルコール中毒の治療薬として使用されていますが、最近の研究で、がん治療薬として有望な作用が発見されています。特に、がん幹細胞のマーカーのアルデヒド脱水素酵素を阻害し、さらにプロテアソームを阻害して、酸化ストレスと小胞体ストレスを高めて、がん幹細胞の抗がん剤感受性を高める作用が注目されています。

【がん幹細胞は抗がん剤に抵抗性を示す】
組織の細胞には幹細胞(stem cell)成熟した体細胞が存在します。組織の幹細胞とは、組織固有の多分化能を有して各臓器・組織を構成する細胞の供給源となる細胞です。 
組織幹細胞は自己複製によって幹細胞を維持すると同時に、不均等分裂により一部が自己複製のサイクルから逸脱して成熟細胞へと分化して、組織を構成する細胞(体細胞)を作り出しています。
組織幹細胞は、分裂して自分と同じ細胞を作り出すことができ(自己複製能)、いろいろな細胞に分化できる(多分化能)という二つの重要な性質を持ち、この性質により、限られた寿命のある体細胞を絶えず供給し、傷ついた組織を修復することができるのです。   
がん組織においても正常組織における幹細胞システムに類似した階層性が存在し、その中にがん幹細胞 (cancer stem cells)と呼べるような細胞が存在して通常のがん細胞を供給しながらがん組織を構成していることが明らかになっています。
がん幹細胞は腫瘍始原細胞(tumor initiating cell)とも呼ばれ、がん細胞を生み出すもとになる細胞であり、がん組織中に少数(数%程度)存在しています。
抗がん剤治療や放射線治療に対して、成熟したがん細胞は死滅しやすいのですが、がん幹細胞は様々な機序で抵抗性を示します。

 

図:がん組織にはがん幹細胞 (cancer stem cells)と呼ばれる細胞が存在して、通常のがん細胞(成熟がん細胞)を供給しながらがん組織を構成している。がん幹細胞は自己複製を行う一方、不均等分裂により一部が自己複製のサイクルから逸脱して分化し通常のがん細胞となっている(①)。成熟がん細胞は抗がん剤や放射線で死滅しやすいが、がん幹細胞は死滅しにくいので抗がん剤治療や放射線治療で生き残る(②)。がん幹細胞は腫瘍形成能を持つので、生き残ったがん幹細胞が増殖して再発や再燃が起こる(③)。がん幹細胞がアポトーシス抵抗性になっているメカニズムを阻害すれば抗がん剤や放射線治療の効果を高めることができる。

【アルデヒド脱水素酵素1A1の発現亢進は予後不良のマーカー】
アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞に多く発現し、この酵素の発現が多いがんほど増殖が早く予後が悪いことが報告されています。以下のような報告があります。

Aldehyde dehydrogenase 1A1 circumscribes high invasive glioma cells and predicts poor prognosis(アルデヒド脱水素酵素1A1は高度に浸潤性のグリオーマ細胞に多く発現し、予後不良を示唆する)Am J Cancer Res. 2015; 5(4): 1471–1483.

【要旨】
神経膠腫は高度に浸潤性の性質と予後不良な、極めて悪性度の高い脳腫瘍である。神経膠腫の浸潤性を評価できる信頼できる実践的なマーカーは治療の選択において役にたつ。
この研究では、237例の神経膠腫患者から採取した腫瘍組織におけるアルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)発現が、神経膠腫の診断および予後を評価する上で有用かどうかを検討した。その結果、低悪性度のグリオーマ(WHO grade I-II)に比較して高悪性度のグリオーマ(WHO grade III-IV)ではALDH1A1が過剰に発現していることが明らかになった。
がん細胞内のALDH1A1の発現量は、腫瘍組織の中心部より、腫瘍組織の周辺部(正常組織との境界部)のがん細胞においてより発現が高かった。
ALDH1A1の過剰発現はがん細胞の分化度の低下と予後不良と関連を認めた。
正常組織との境界部にALDH1A1陽性の腫瘍細胞が存在する患者の全生存期間および無進展生存期間はより短かかった。
ALDH1A1の発現はグリオーマ患者の予後不良の独立したマーカーであることが明らかになった。
グリオブラストーマ細胞株U251および原発のグリオブラストーマ組織から採取したALDH1A1陽性の腫瘍細胞は、ALDH1A1陰性の腫瘍細胞に比べて、マトリックス・メタロプロテイネース2, 7, 9(MMP2, MMP7,MMP9)のmRNAとたんぱく質発現が亢進し、浸潤性やクローン形成性や増殖が強かった。
これらの結果は、ALDH1A1がグリオーマの浸潤や増殖を促進し、予後を不良にする因子であることを示している。したがって、高度に悪性度の高い神経膠腫の治療において、ALDH1A1をターゲットにする治療は重要である。

アルデヒド脱水素酵素(Aldehyde dehydrogenase:ALDH)はアルデヒド(CHO)を酸化してカルボン酸(COOH)にする反応を触媒する酵素です(下図)。
 

アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーとしても知られています。
つまり、アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞に過剰に発現し、その生存や増殖や自己複製に何らかの重要な働きを行っていることが指摘されています
細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するために必要なのです。
多くのがん種においてALDH活性の高いがん細胞は増殖や転移を促進することが報告されています。
ALDH活性の高い腫瘍は生存期間も短く予後が悪いことが報告されています。

ALDH活性を阻害するとがん細胞の増殖や転移を抑制でき、抗がん剤の効き目を高めることができます。 

【がん幹細胞のマーカーのアルデヒド脱水素酵素はシスプラチン耐性に関与する】
アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞に多く発現し、がん幹細胞のマーカーとして使用されています。この酵素の発現が多いがんほど増殖が早く予後が悪いことが報告されています。
アルデヒド脱水素酵素が抗がん剤のシスプラチン耐性に重要な働きをしていることが複数の研究で示されています。以下のような論文があります。

Targeting the cancer stem cell marker, aldehyde dehydrogenase 1, to circumvent cisplatin resistance in NSCLC(非小細胞性肺がんにおけるシスプラチン耐性を克服するために、がん幹細胞マーカーであるアルデヒド脱水素酵素1を標的とする)Oncotarget. 2017 Sep 22; 8(42): 72544–72563.

【要旨の抜粋】
非小細胞肺がんはがん死の多くを占め、治療奏功率が低く、予後は一般的に不良である。分子標的薬で治療が可能な特異的な突然変異が存在しない場合、シスプラチンをベースにした抗がん剤治療が、この疾患の治療において重要な役割を果たす。
しかしながら、がん細胞がシスプラチンに耐性を獲得することが、この細胞傷害性薬物の使用において主要な治療上の課題となっている。この薬剤耐性のメカニズムを解明することは、非小細胞性肺がん患者におけるシスプラチンに対する感受性を高める新規薬剤の開発をもたらす可能性がある。
この研究では、非小細胞性肺がんの抗がん剤抵抗性を克服する方法として、がん幹細胞におけるアルデヒド脱水素酵素1(ALDH1)の活性をターゲットすることを検討した。
非小細胞性肺がん患者由来の腫瘍は、多くの多能性幹細胞関連遺伝子の発現増加を認めた。シスプラチンの投与は、シスプラチン感受性および耐性の非小細胞性肺がん細胞株において、ALDH1陽性のがん細胞集団の出現または増大を誘導し、シスプラチン耐性をさらに高めた。
AldefluorアッセイおよびFACS分析を用いて、ALDH1陽性細胞を単離し、幹細胞特性に関して解析した。 ALDH1陽性細胞のみが、不均等分裂、シスプラチン耐性およびin vitroでの幹細胞因子の発現の増加を示した。
ジエチルアミノベンズアルデヒドあるいはジスルフィラムでALDH1を阻害すると、シスプラチン抵抗性の肺がん細胞がシスプラチンの細胞傷害作用に感受性を示すようになった。
以上の結果は、肺がんのがん幹細胞集団の存在を実証し、シスプラチンの細胞傷害効果に対する非小細胞性肺がん細胞の感受性を高める治療戦略としてのALDH1の阻害の有効性を示唆している。

シスプラチン(cisplatin : CDDP)は白金錯体に分類される抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)です。2つの塩素原子部位でDNAと結合するため、DNA鎖内に架橋が形成され、DNA複製を阻害し、細胞分裂しているがん細胞および正常細胞を死滅させます。
シスプラチンは1978年に米国とカナダで承認され、日本は1983年に承認されています。多くの固形がんの治療に使用され、効き目は高いのですが、その作用機序から副作用が強いのも特徴です。
シスプラチンで治療していると、ほぼ確実にシスプラチン耐性のがん細胞が出現し、シスプラチンはいずれ効かなくなります。この抗がん剤シスプラチン耐性のメカニズムを阻止すれば、シスプラチンの抗腫瘍効果を継続できます。
この論文では、シスプラチン感受性および耐性の非小細胞性肺がん細胞株において、シスプラチンの投与はアルデヒド脱水素酵素(ALDH1)の発現の高いがん細胞集団の出現または増大を誘導し、シスプラチン耐性をさらに高める結果が報告されています。
つまり、ALDH1を発現している肺がん細胞はシスプラチンに耐性の性質を持つので、ALDH1陽性細胞が選択的に増え、シスプラチンがさらに効きにくくなるという現象が起こることを指摘しています。
シスプラチン投与がシスプラチン耐性細胞を増やし、シスプラチン耐性細胞はALDH1の発現が亢進しているということです(下図)。

図:がん組織は様々な性状のがん細胞から構成されている。シスプラチンを投与すると、多くのがん細胞は死滅するが、アルデヒド脱水素酵素1(ALDH1)を発現しているがん細胞(図中でALDH1と記載)はシスプラチンに耐性を示して生き残る。さらにシスプラチンを投与しても、ALDH1の発現の高いがん細胞はシスプラチンに耐性を示すので、シスプラチン治療に生き残って増殖する。増殖したがん細胞はアルデヒド脱水素酵素陽性がん細胞(ALDH1)の割合が増え、さらにシスプラチン耐性が増強される。

さらに、ALDH1陽性細胞はシスプラチン耐性だけでなく、不均等分裂や多能性幹細胞関連遺伝子の発現増加などがん幹細胞(Cancer Stem Cell)の性状を示すと報告しています。
がん幹細胞の維持に必要な遺伝子としてNANOG, OCT-4, SOX-2, KLF4 , C-MYCなどが知られています。
細胞を初期化してiPS細胞を作る時に導入されるいわゆる山中因子というのは、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの四つです。この4つはがん幹細胞の維持にも必要です。Nanog は多能性を安定化させる因子と見られています。このようながん幹細胞の性質維持が必要な遺伝子はALDH1陽性細胞に多く発現しているということです。
ALDH1(アルデヒド脱水素酵素1)はがん幹細胞のマーカーで、 ALDH1活性が高いがん細胞はがん幹細胞の性質を持っていることが多くの研究で明らかになっています。
そこで、 ALDH1を阻害するジスルフィラムを投与すると、シスプラチン抵抗性の肺がん細胞がシスプラチンの細胞傷害作用に感受性を示すようになります。
つまり、ALDH1を阻害するジスルフィラムはシスプラチン耐性を阻止することができるという結論です。

【アルデヒド脱水素酵素は酸化ストレスを軽減している】
人間のゲノムには、機能的なアルデヒド脱水素酵素の遺伝子が19個見つかっています。これらのアルデヒド脱水素酵素は、内因性および外因性のアルデヒド性物質をNAD(P)+-依存性酸化反応によって解毒する役割を担っています。
内因性のアルデヒドはアミノ酸やアルコールや脂肪酸やビタミンの代謝の過程で発生します。
外来性のアルデヒドは環境中の成分や薬物(タバコの煙、自動車の排気ガス、細胞毒性のある医薬品など)などから由来します。アルデヒド脱水素酵素はこれらのアルデヒドを解毒する働きがあるのです。
ALDH1にはALDH1A1とALDH1A2とALDH1A3の3つのアイソタイプがあり、正常組織の組織幹細胞とがん組織のがん幹細胞のマーカーとして知られており、幹細胞における自己複製、分化、細胞保護に関与しています。
マウスやヒトの細胞を用いた研究では、特にALDH1A1アイソタイプの過剰発現および活性亢進は、乳がん、肺がん、食道がん、大腸がん、胃がんなど多くのがん種で、がん患者の予後不良と密接に関連していることが明らかになっています。
20年以上前に、白血病などの造血器腫瘍で、ALDHの活性が高い細胞はアルキル化剤のシクロフォスファミドに抵抗性を示すことが報告され、その後、ALDHの活性が高いがん細胞は多くの抗がん剤や放射線照射に抵抗性になることが明らかになっています。
ALDH1A1は細胞内のアルデヒドを酸化することによってがん細胞内の酸化ストレスを軽減しています。つまり、ALDH1A1を阻害すると酸化ストレスが亢進することになります。

【ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する】
アセトアルデヒドはDNAと結合してDNA付加体(DNA adducts)を作ってDNA変異を引き起こしたり、様々な毒作用があります。
アルデヒド脱水素酵素(ALDH)はアルデヒド(CHO)を酸化してカルボン酸(COOH)にする反応を触媒する酵素です。アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーとしても知られています。つまり、アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞に過剰に発現し、その生存や増殖や自己複製に何らかの重要な働きを行っていることが指摘されています。細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するために必要なのです。
多くのがん種においてALDH活性の高いがん細胞は増殖や転移を促進することが報告されています。ALDH活性の高い腫瘍は生存期間も短く予後が悪いことが報告されています。
ALDH活性を阻害するとがん細胞の増殖や転移を抑制でき、抗がん剤の効き目を高めることができます。
ジスルフィラム(Disulfiram ;tetraethylthiuram disulfide)
は、加硫促進剤や寄生虫疾患の治療薬(軟膏)など様々な領域で利用されている汎用性の高い物質です。ゴム処理労働者や疥癬患者が、アルコール飲料を飲んだあとに極めて強い有害反応を経験することが知られ、その原因がゴム処理過程で使用する加硫促進剤や疥癬の治療薬に含まれるチウラム・ジスルフィド(thiuram disulfides)に曝露されたことによることが70年以上前に明らかになりました。この発見により、ジスルフィラムは断酒薬として有用であることが示され、アルコール中毒の治療薬として認可され、60年間以上前から処方薬として使用されています。アルコールを飲むと強い副作用が出ますが、アルコールさえ飲まなければ、ジスルフィラムは極めて副作用の少ない薬です。 

アルデヒド脱水素酵素の阻害剤であるジスルフィラムはアルコールの代謝でできるアセトアルデヒドの分解を阻害することによって、アセトアルデヒドの有害な症状がでるので、アルコールを飲めなくするのです。 

図:エチルアルコール(エタノール)はアルコール脱水素酵素でアセトアルデヒドに代謝され、アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に代謝される。ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する。アセトアルデヒドは毒性が強いので、細胞や組織にダメージを与える。

ジスルフィラムはALDH1A1を阻害します。ALDH1A1だけでなく、他のALDHアイソフォームを不可逆的に阻害する汎ALDH阻害剤(pan-ALDH inhibitor)であり、細胞質およびミトコンドリアのALDHを広範に阻害します。
その他、ジスルフィラムはプロテアソーム(proteasome)におけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する作用があります。プロテアソーム阻害作用に関しては、Natureにも報告され、ジスルフィラムの抗がん作用が最近注目されています(573話参照)。
酸化ストレスを高める作用もあります。
アルコールを摂取しなければ、通常の服用量ではジスルフィラム自体の毒性は極めて軽微です。抗がん剤治療との併用も、副作用を増強する作用は認められていません。
したがって、抗がん剤治療と併用して抗腫瘍効果を高める方法として、ジスルフィラムは極めて有用です。(ただし、パクリタキセルのように溶解にエタノールを使う場合は使用できません)

図:ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸に変換され、さらにジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドに代謝される(①)。ジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドは、アルデヒド脱水素酵素の酵素活性部位のシステインのスルフヒドリル基(-SH)と反応して結合し、酵素活性を阻害する(②)。同様なメカニズム(タンパク質のシステインに反応して活性を阻害する機序)によって、プロテインキナーゼCやP糖蛋白質やDNAメチルトランスフェラーゼを含む、様々ながん促進性のタンパク質を阻害する。

注:ジスルフィラム服用中は飲酒はできません。奈良漬けのようなアルコールの入った食品も食べれません。抗がん剤のパクリタキセルは溶解剤としてエタノールを用いていますので、パクリタキセル治療中はジスルフィラムは使用できません。他にもアルコールで溶解する抗がん剤があるので、点滴による抗がん剤治療を受けているときには、溶解剤などでエタノールを使用していないことを確認する必要があります。

【ジスルフィラムは小胞体ストレスを亢進する】
小胞体ストレス(Endoplasmic reticulum stress)とは、正常な高次構造にフォールディング(折り畳み)されなかったタンパク質(変性タンパク質; unfolded protein)が小胞体に蓄積し、それにより細胞への悪影響(ストレス)が生じることす。
小胞体ストレスは細胞の正常な生理機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避し、恒常性を維持する仕組みが備わっています。
この小胞体ストレスに対する細胞の反応を小胞体ストレス応答(unfolded protein response:UPR)といいますが、変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。
ジスルフィラムは小胞体ストレスを亢進してがん細胞のアポトーシスを誘導する作用が指摘されています。最近、以下のような論文があります。

Induction of autophagy-dependent apoptosis in cancer cells through activation of ER stress: an uncovered anti-cancer mechanism by anti-alcoholism drug disulfiram.(小胞体ストレスの活性化によるがん細胞のオートファジー依存性アポトーシスの誘導:アルコール中毒治療薬ジスルフィラムによる新規の抗がんメカニズム)Am J Cancer Res. 2019 Jun 1;9(6):1266-1281.

【要旨の抜粋】
その強力な抗がん活性のため、FDA承認のアルコール中毒治療薬であるジスルフィラムのがん治療薬としての再利用が注目されている。ジスルフィラムは銅と強力な複合体を形成し、 多くの種類のがん細胞にアポトーシスを誘導する。
この研究では、細胞の死または生存の一つのメカニズムであるオートファジーにおけるジスルフィラム/ 銅複合体の役割、およびヒト膵臓がん細胞および乳がん細胞におけるジスルフィラム/ 銅複合体誘導性のアポトーシスとの関連を検討した。
結果:膵臓がん細胞および乳がん細胞のジスルフィラム/ 銅複合体によって誘発されるアポトーシスはオートファジー依存性である。これは、小胞体ストレス応答のセンサーであるIRE1αの活性化によって達成される。IRE1のリン酸化とその下流のXBP1のスプライシングから活性XBP1への促進を介して、小胞体ストレス応答のセンサーであるIRE1α経路を活性化することにより達成される。つまり、IRE1αのリン酸化を促進し、その下流に位置するXBP1のスプライシングによって活性型XBP1sを生成することによって達成される。
結論:ジスルフィラム/ 銅複合は、がん細胞のオートファジー依存性アポトーシスの誘導に関与するIRE1α-XBP1経路の活性化を通じて小胞体ストレスを誘導する。 ジスルフィラム/ 銅複合による小胞体ストレス誘発の検討は、膵臓がんおよび乳がんの革新的な治療戦略の合理的な設計のための新しい研究領域を開く可能性がある。

小胞体ストレスは細胞の機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞反応を小胞体ストレス応答 (unfolded protein response: UPR) といいます。
折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)に対する細胞内応答です。変性タンパク質は小胞体ストレスセンサー(PERK, ATF6, Ire1)によって感知され、小胞体ストレス応答を誘導します。以下のような複雑なシグナル伝達系が関与しています。(専門的すぎるので、詳細な解説は省きます)

図:小胞体ストレスのセンサー分子のPERK(PKR-like endoplasmic reticulum kinase)、ATF6(activating transcription factor 6)、Ire1(inositol-requiring 1)は小胞体膜を貫通して、小胞体内腔のGRP78と結合し、不活性化されている。小胞体内に折り畳み不全の不良タンパク質が増えると、分子シャペロンのGRP78は不良タンパク質と結合してリクルートされる。その結果、PERKとATF6とIre1が遊離されて、下流のシグナル伝達系か発動される。その結果、小胞体ストレスの程度に応じて、タンパク質翻訳の停止、分子シャペロンの合成亢進、プロテオソームでの分解促進、アポトーシスによる自滅が引き起こされる。

上記の図において、ジスルフィラムはIRE1α-XBP1経路の活性化を通じて小胞体ストレスを誘導するということです。(専門的すぎるので詳細は省略します)
さらに、ジスルフィラムがプロテアソームを阻害することが明らかになっています。
ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸(diethyldithiocarbamate)に速やかに変換されます。ジエチルジチオカルバミン酸は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成し、この金属複合体がプロテアソームを阻害する事が報告されています。

図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する。ジエチルジチオカルバミン酸と銅の複合体はプロテアソームにおけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する。プロテオソームの働きが阻害されるとユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によって致死的に作用する。

つまり、ジスルフィラムはがん細胞の酸化ストレスと小胞体ストレスの両方を高める作用があります。抗がん剤治療は酸化ストレスと小胞体ストレスを高めます。ジスルフィラムはその作用をさらに増強して死滅しやすくします。
抗がん剤を使わなくても、酸化ストレスと小胞体ストレスを高める方法を組み合わせれば、がん細胞を死滅できます。(トップの図)

【パクリタキセル+ALDH阻害剤/糖取り込み阻害剤の相乗効果】
今月の論文で、以下のような報告があります。新潟大学医学部の産婦人科などの研究グループからの報告です。

ALDH-Dependent Glycolytic Activation Mediates Stemness and Paclitaxel Resistance inPatient-Derived Spheroid Models of Uterine Endometrial Cancer.(アルデヒド脱水素酵素依存性の解糖活性化は、子宮内膜がんの患者由来スフェロイドモデルにおいて幹細胞性およびパクリタキセル耐性を引き起こす)Stem Cell Reports. 2019 Oct 8;13(4):730-746. 

【要旨】
進行した子宮内膜がんの患者の予後は不良である。この研究では、臨床検体からアルデヒド脱水素酵素(ALDH)活性が高い類内膜がんのがん幹様細胞の三次元細胞培養法を開発した。
パクリタキセルのがん細胞増殖抑制作用をALDH阻害は相乗的に増強した。臨床例では、ALDH1A1の高発現は生存率の低さと関連していた。
高レベルのALDHは、グルコース取り込みの増加、解糖系の活性化、およびグルコース輸送体1(GLUT1)の発現上昇と相関した。 GLUT1の遮断は、がん幹細胞の特性を阻害した。
ALDH阻害と同様に、GLUT1阻害はパクリタキセルと相乗作用して子宮内膜がんの増殖を阻止した。
我々のデータは、ALDH依存性のGLUT1活性化と、その結果として生じる解糖活性化が、子宮内膜がん患者の予後評価と治療法の決定の両方にとって臨床的に重要であることを示している。さらに、タキサン化合物とALDHまたはGLUT1阻害剤の相乗効果は、子宮内膜がんの新しい臨床治療オプションとして役立つ可能性がある。

子宮内膜がん(子宮体がん)の幹細胞の培養に成功し、アルデヒド脱水素酵素の阻害剤および糖取り込み阻害剤が、抗がん剤パクリタキセルと協調して、子宮体がんの増殖を抑制することを明らかにしたという報告です。
がん細胞のアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の活性亢進はグルコース輸送体1(GLUT1)の発現を亢進し、グルコースの取り込みと解糖系を亢進し、パクリタキセルの抗がん作用を弱めます。したがって、ALDH阻害やGLUT1や解糖系の阻害は、子宮内膜がんのパクリタキセルの抗がん作用を増強するということです
ALDH阻害剤のジスルフィラムに、グルコース取り込みや解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースを併用すると、抗がん剤治療の効果を高めることができる可能性を示唆しています。
最近はインターネットで海外からonlineで薬物を入手することができるので、このような情報があると、がん患者さんが自分の意思でその薬物を輸入している人が増えています。
最近では、駆虫薬ががんに効くという今年5月のインターネットの記事で、海外からフェンベンダゾールやメベンダゾールを入手している人がかなりいるようです。
ジスルフィラムも個人輸入でonlineで入手できます。前述の論文の内容はインターネットでも出ています。新潟大学がプレスリリースしています。

https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2019/09/190927rs.pdf#search=%27新潟大学+パクリタキセル+ジスルフィラム%27

そこで、この記事をみて、パクリタキセルの治療を受けているがん患者さんが、ジスルフィラムを個人輸入して服用するかもしれません。しかし、注意が必要です。パクリタキセルは添加剤として無水アルコールを含んでいるので、めまいやふらつきや吐き気など強い二日酔い様の症状がでる可能性があるからです。(アルコールを使わないパクリタキセル使用法もありますので、それを確認することが重要です)

【ジスルフィラムは多くの抗がん剤治療の抗腫瘍効果を高める】
ジスルフィラムと抗がん剤を併用した臨床試験の結果が数多く報告されています。以下のような報告があります。

A phase IIb trial assessing the addition of disulfiram to chemotherapy for the treatment of metastatic non-small cell lung cancer.(転移性非小細胞肺がんの治療のための化学療法へのジスルフィラムの併用を評価する第IIb相臨床試験。) Oncologist. 2015 Apr;20(4):366-7. 

第II相臨床試験は、少数例の患者を対象に、有効性・安全性・薬物動態などの検討を行う試験です。探索的な前期第II相(IIa)と検証的な後期第II相(IIb)に分割することもあり、この論文の第IIb相臨床試験は有効性の検証を行って、第III相に続けるような臨床試験です。
非小細胞性肺がんの抗がん剤治療(シスプラチン+ビノレルビン)にジスルフィラムを併用する治療の安全性と有効性を評価するための第II相臨床試験を、多施設のランダム化二重盲検試験で実施しています。
新規に診断されたステージ4の非小細胞性肺がん患者40例が抗がん剤(シスプラチン+ビノレルビンで2サイクル以上)で治療を受けています。この40例のうち20例はジスルフィラム(1回40mgを1日3回)を服用しています。
生存期間の平均は、抗がん剤単独群が7.1ヶ月で、抗がん剤+ジスルフィラム併用群が10ヶ月でした。長期生存患者が2名いて、どちらもジスルフィラム併用群でした。ジスルフィラム併用による安全性には問題はありませんでした。
つまり、ステージ4の非小細胞性肺がんのシスプラチン+ビノレルビンの抗がん剤治療にジスルフィラムを併用すると、生存期間を延ばす効果があるという結果です。
ジスルフィラムはがん幹細胞の特性を抑制する作用が報告されています。以下のような報告があります。

Disulfiram modulates ROS accumulation and overcomes synergistically cisplatin resistance in breast cancer cell lines.(ジスルフィラムは活性酸素種の蓄積を調節し、乳がん細胞株のシスプラチン耐性を相乗的に克服する)Biomed Pharmacother. 2019 May;113:108727.

【要旨】
化学療法剤シスプラチンは、細胞周期を阻害することによりアポトーシスを誘発する。
がん幹細胞は細胞周期が停止状態にある事が多く、そのためシスプラチンに対する感受性が低く、シスプラチンによる細胞毒性を回避している。
したがって、シスプラチンベースの化学療法に対するがん幹細胞の感受性を高めることは、乳がんの治療結果を改善するために優先される。
ジスルフィラムは、アルコール中毒の治療に臨床的に使用されている薬剤で、培養した乳がん細胞の実験および乳がんの移植腫瘍の実験モデルで有望な抗がん活性を示している。
私たちの研究は、ジスルフィラムがアルデヒドデヒドロゲナーゼの酵素活性を阻害し、乳がん細胞株に由来するがん幹細胞の幹細胞性関連転写因子(Sox、Nanog、Oct)の発現を阻害し、細胞内活性酸素種の生成を調節するという証拠を提供する。
重要なことに、我々の研究は、アルデヒドデヒドロゲナーゼ陽性の幹様細胞が化学療法剤シスプラチンに対する耐性において重要な役割を果たすことを証明した。
ジスルフィラムは、幹細胞性を阻害し、アルデヒドデヒドロゲナーゼ陽性幹様細胞のシスプラチン耐性を克服することにより、シスプラチンの細胞毒性効果を高める。
定量的測定により、ジスルフィラムとシスプラチンの相乗効果が示された。
さらに、アルデヒドデヒドロゲナーゼ陽性のがん幹細胞様細胞とアルデヒドデヒドロゲナーゼ陰性の通常のがん細胞には、細胞内の活性酸素種レベルの違いを認め、この違いがシスプラチン治療に対する感受性の違いを説明できる可能性を示唆した。
重要なことに、この違いはジスルフィラム処理によって消失し、両方の細胞タイプがシスプラチンによる細胞毒性に対して同様な感受性を示すようになる。これらの発見は、将来的に化学療法の治療アプローチに影響を与える可能性がある。

アルデヒド脱水素酵素阻害剤のジスルフィラムが膵臓がんのゲムシタビン治療の効果を高める可能性が報告されています。以下のような報告があります。

Aldehyde dehydrogenase 1A1 confers intrinsic and acquired resistance to gemcitabine in human pancreatic adenocarcinoma MIA PaCa-2 cells(アルデヒド脱水素酵素1A1はヒト膵臓腺がん細胞MIA PaCa-2細胞のジェムシタビンに対する内在性に備わった耐性および獲得した耐性に関与する)Int J Oncol. 2012 Sep; 41(3): 855–861.

【要旨】
ゲムシタビン(Gemcitabine)は膵臓がんの抗がん剤治療に標準的に使用されているが、ゲムシタビンに対する耐性が治療の有効性を妨げている。
多くの種類のがんにおいて、アルデヒド脱水素酵素1A1の発現レベルと活性の亢進ががん幹細胞(Cancer stem cells)の重要な特性として知られている。
がん幹細胞の特徴の一つとして抗がん剤に対する耐性がある。本研究では、アルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)の発現と活性の高いヒト膵臓がん細胞株(MIA PaCa-2細胞)における内因性のALDH1A1の発現レベルおよび活性とゲムシタビン(GEM)に対する抵抗性の関連について検討した。
低分子干渉RNA(small interfering RNA: siRNA)を用いてALDH1A1の活性を消失させ、GEM耐性におけるALDH1A1の関与を検討した。
低分子干渉RNAによってALDH1A1の発現と活性は顕著に低下し、細胞増殖が阻害された。
さらに、低分子干渉RNAによるALDH1A1のノックダウンとGEMの併用は、がん細胞の生存率を顕著に低下させ、アポトーシスによる細胞死を増やし、S期で細胞周期を停止した細胞を増加した。
GEN耐性でないMIA PaCa-2細胞株に比べて、GEM耐性のMIA PaCa-2細胞株では、ALDH1A1の発現量と活性が有意に亢進していた。
GEM耐性のMIA PaCa-2細胞株において、ALDH1A1のノックダウンとGEMの併用は細胞の生存率を顕著に低下させ、アポトーシス(細胞死)を増やした。
この結果は、細胞に本来備わった固有(intrinsic)のGEM耐性と獲得した(acquired)GEM耐性の両方においてALDH1A1の関与が重要であることを示唆している。
膵臓がんにGEM治療において、低分子干渉RNAによるALDH1A1のノックダウンとGEMの併用は、GEM耐性を克服する有効な治療法として、さらに研究を深める必要がある。

ゲムシタビン(Gemcitabine:GEM)はピリミジン代謝を阻害することによって抗がん作用を発揮します。
GEMは細胞内でゲムシタビン3リン酸(gemcitabine triphosphate: dFdCTP)に代謝されてDNAに取り込まれてDNA合成を阻害し、細胞死(アポトーシス)を誘導します。
進行した膵臓がんの抗がん剤治療でファーストラインの抗がん剤として単独あるいは他の抗がん剤と併用して使用されています。
しかし、膵臓がん細胞は内因性(intrinsic)あるいは獲得性(acquired)にGEMに耐性を持つことが治療効果を妨げています。
したがって、このような抗がん剤耐性を阻止できれば、膵臓がんに対する抗がん剤治療の有効性を高めることができます。
耐性獲得のメカニズムとしては、薬物の取込みや代謝、細胞死や増殖に関する遺伝子の変化(死滅しにくくなる)などがあります。
さらに、がん幹細胞はGEM耐性を有し、アルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)活性が亢進しており、ALDH1A1活性を阻害すると、GEM耐性が阻止できることが報告されています。
GEMは細胞内で活性酸素種を増やしアポトーシスを促進します。したがって、活性酸素を消去するとGEMによる増殖抑制効果は低下します。
GEMの抗腫瘍効果に活性酸素種の産生亢進が関与しており、ALDH1A1は活性酸素の産生を減らすので、GEMの抗腫瘍効果を低下させることになります。
つまり、ALDH1A1の発現亢進は、GEMによって産生される活性酸素種を消去することによって、GEMの細胞毒性を低下させるというメカニズムが示唆されています。 

図:がん組織にはがん幹細胞が少数存在する。がん幹細胞は自己複製してがん幹細胞を維持すると同時に、成熟がん細胞を供給してがん組織を構成している。抗がん剤治療に対して、成熟がん細胞は死滅しやすいが、がん幹細胞は様々な機序で抵抗性を示す。がん幹細胞が生き残れば、がんは再燃・再発する。抗がん剤治療(ゲムシタビン)を繰り返すと、ゲムシタビンに抵抗性のがん幹細胞が生き残り、がん幹細胞が増えることによって、さらにゲムシタビン抵抗性が増強し、腫瘍は増大する。がん幹細胞が過剰に発現しているアルデヒド脱水素酵素を阻害するとがん幹細胞はゲムシタビンで死滅しやすくなり、がん組織を消滅できる。

ALDHには17種類のアイソフォームがあり、ALDH1A1はその一つです。
ALDH1A1は細胞内のアルデヒドを酸化することによって酸化ストレスを軽減します。
低分子干渉RNAや薬剤(ジスルフィラムなど)などでALDH1A1の発現や活性を阻害すると、がん細胞の抗がん剤感受性が亢進することが報告されています。
膵臓がん細胞をGEM存在下で長期間培養するとALDH1A1陽性の膵臓がん幹細胞が誘導されてくることが報告されています。
ゲムシタビン耐性だけでなく、白金製剤やタキサン系の抗がん剤に耐性の卵巣がん、多剤耐性の胃がん細胞、シクロフォスファミド耐性のヒトがん細胞などでALDH1A1の発現亢進が報告されており、ALDH1A1は多くの種類のがん細胞における薬剤耐性の原因となっている可能性が示唆されています。
ALDH1A1は、乳がん、大腸がん、膵臓がん、肺がん、肝臓がん、卵巣がんなど多くの種類のがんにおいて、がん幹細胞のマーカーとして認められており、がん幹細胞において発現が亢進しています。そして、アポトーシス抵抗性や抗がん剤耐性の原因となっています。
ALDH1の発現が高いがんは予後不良であることが多くのがん種で報告されています。
膵臓がんだけでなく、抗がん剤治療一般において、ALDH1A1の阻害は、抗腫瘍効果を高める効果が期待できます。したがって、抗がん剤治療にALDH1A1の阻害剤であるジスルフィラムの併用は試してみる価値があります。
トップの図にまとめたような薬やサプリメントを併用すると、がん細胞のシスプラチンなど多くの抗がん剤の耐性を阻止して、抗腫瘍効果を高めることができます。
これらは保険適応外使用やサプリメントであるため、保険診療機関では使用できないため、標準治療には使われていません。しかし、シスプラチンやゲムシタビンなど抗がん剤単独では、ほぼ確実に耐性がでてきて、効かなくなります。
がん幹細胞の抗がん剤抵抗性を阻止できなければ、抗がん剤治療はほぼ確実に失敗します。
紹介した方法は実際に私自身が診療で多くの患者さんに使用していますが、抗がん剤の効き目を高める効果があり、副作用はほとんど経験しません。 このようなフレキシブルな治療ができないことが、保険診療でのがん治療の限界を作っていると思います。

膵臓がんの補完・補完代替療法は多数の種類があります。その一部を以下の書籍でまとめています。

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