く~にゃん雑記帳

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<奈良大学博物館> 「古写真のなかの奈良」展

2023年02月17日 | メモ

【北村信昭コレクションのガラス乾板写真】

 奈良大学博物館で「古写真のなかの奈良」展が開かれている(3月20日まで)。副題に「奈良大学図書館所蔵北村信昭コレクションのガラス乾板写真」。北村信昭(1906~99)は明治時代に奈良市の猿沢池畔で「北村写真館」を開業した北村太一(1856~1911年)の孫に当たり、写真や文筆、民俗学など多方面で活躍した。太一は近代写真の草分け的存在といわれる。長州(山口)に生まれ、東京で写真技術を学んで写真撮影のため訪れた古都奈良の情景に魅せられ永住した。

 この写真展は明治~昭和初期の寺社や奈良公園周辺の風景など23枚の写真パネルで構成する。太一が撮影したものが18枚を占め、そのうち12枚は大型ガラス乾板で撮影されデジタル処理して引き伸ばした。これに信昭撮影分3枚と撮影者不明2枚が加わる。『東大寺大仏殿』は明治30~40年代の撮影。大仏殿は1903年(明治36年)から修理準備工事が始まって3年後本工事に着工、1915年(大正4年)に落慶供養が営まれた。写真は初層の屋根瓦が一部はがされ、下に建築資材も置かれていることから工事期間中のころとみられる。

 『興福寺五重塔から三条通方面を望む』(写真㊤)には南円堂の左下側の南大門跡の一角に三角屋根の茅葺きの建物が写っている。撮影時期は不明。五重塔からの写真は孫の信昭も残している。こちらは奈良市観光課からの依頼で1936年の春に撮影した。欄干を乗り越え屋根に三脚を設置して撮ったそうだ。信昭の『興福寺五重塔からの眺め』は3枚あり、このうち「荒池・奈良ホテルを望む」(写真㊦)には五重塔の眼下に大きな旅館が立ち並び、奥に奈良ホテルも見える。戦時中だった当時、一定高度以上からの俯瞰撮影は防衛上の理由で禁じられていた。そのため本来ならガラス乾板も処分しなければならなかったが、信昭が隠し持っていたという。

 『猿沢池畔』(写真㊦)の撮影時期は130年ほど前の明治20年代後期ごろ。北村写真館の2階から撮ったもので、松の木の奥に「は勢」(ハゼ)という暖簾が掛かった屋台が写る。ハゼは麦を炒ってはぜさせたものでコイの餌として売られた。池の畔には東西に2軒のハゼ屋があったそうだ。このほかに約120~130年前に撮影した『奈良帝室博物館(現奈良国立博物館)』や『猿沢池の池ざらえ』、現在の奈良市ならまちセンターの場所にあった『旧奈良市市役所』なども展示されている。


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