映画が中心のブログです!

中島けんです。新しい映画や舞台の感想を中心に、大映の思い出、海外旅行・地元の話題などを写真付きで書かせていただきます。

大映宣伝部・番外編の番外 (43) 成田三樹夫さん、杉田 康さん

2014年12月22日 | 日記

           

  
                               ↑左が杉田、右は千波丈太郎
  
     ↑左が田宮二郎、右が成田         ↑左から杉田、川崎敬三、宮川和子
  

     あっという間に過ぎた1年でした。
     今日は12月22日(月)、最初の計画では京マチ子さんを、そして29日に長谷川一
     夫先生をアップして、番外編の番外シリーズを終わるつもりでした。
     ところがこのブログを読んで下さっている方々から、あの人もというご意見や、私
     も思い出したことを踏まえて延長することにしますので、もう暫くの間お付き合い
     ください。

     改めて書くまでもありませんが、大映には素晴らしい主役陣が多く揃っていたと
     思います。しかし主演者だけでは作品は成り立ちません。主役を引っ張り回す脇
     役が必要になってきますし、特に悪人・敵役の存在が重要なのです。悪役は物語
     の中でとことん主役を苦しめたりいじめたりしますが、それが上手いほど主人公役
     が引き立つのですから不思議な存在です。
     そして映画から離れた悪人役俳優は真面目で大人しい人が多いのも事実です。
     大映にも多くの悪役役者は居ましたが、今回はその中から成田三樹夫・杉田康の
     ご両人を取り上げます。

     成田三樹夫さんは山形の出身で、昭和38年(1963)に俳優座養成所を卒業して大
     映に入社しています。デビュー作は「殺られる前に殺れ」(1964)ですが、芸域が広
     いのにもかかわらず、あの鋭い目と声ですから善人役は全く回って来ず、敵役・
     悪役のデパートでした。
     大映での出演は20数本ですが、雷ちゃんや勝ちゃんの相手役として時代劇にも
     出演しています。

     大映があのようになってからは、東映の実録ヤクザ路線に常連俳優で活躍の場
     を見出したほか、テレビにも進出していて、むしろ大映時代より彼は生かされた
     一人だと思います。
     趣味は将棋と俳句だったそうですが、平成2年(1990)年に胃癌のため早逝、55歳
     でした。生きていれば今年79歳、惜しい惜しい死です。


     一方、杉田康さんは成田さんには少々及ばなかったかも知れませんが、大映では
     成田さんの先輩になります。
     彼も悪役や敵役として大映東京の貴重な俳優さんでした。素顔は実に真面目な人
     で、無理矢理に敵役にさせられた感ありです。
     人との付き合いに慎重だった田宮二郎と、なんでも話せる友人だったことからも判
     るような気がします。
     デビューは「宇宙人東京に現る」(1956)と言われていますが、本当は「泣き笑い地
     獄極楽」(1955)にはじまり、「残侠の盃」(1967)までの11年間でなんと120本を超え
     ています。
     大映にはじまり、大映の終焉近くまで在籍した彼は、その後、俳優として映画にも
     テレビからも消えました。

     何故なのか、彼の現在のお仕事をご紹介すれば、成程と納得されると思います。
     杉田さんの現在は、桂古流・桂流の家元として浦和市で活躍されています。桂古
     流・桂流は、伝統に培われた格調高い古典花から現代生活にマッチした現代花ま
     で教授する流派で、京都桂離宮の華務職を創始者として160年の歴史をもつ流派
     だそうです。
     彼とは久しぶりに「宇津井健さんを送る会」で会いましたが、1930年生れですから
     現在84歳、素敵な老人になっておられます。

       
            ↑最近の杉田さん

コメント (16)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする