見もの・読みもの日記

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知性の効能/負けない力(橋本治)

2015-12-29 20:50:22 | 読んだもの(書籍)
○橋本治『負けない力』 大和書房 2015.7

 「知性に関する本を書いてくれませんか?」と編集者に言われて、「知性とは負けない力である」という趣旨で書いた本。いま、世間には積極的に勝つ方法を伝授する本があふれている。「勝つ」とは、頭がよくなり、勉強の成績が上がり、最終的にはグローバルに活躍して、たくさんお金を稼ぐような生き方をいう。

 しかし「知性」は「頭のよさ」や「勉強ができること」は違う。にもかかわらず、とにかく手っ取り早く勉強して成績を上げることが奨励されたのは、明治維新以来、先進国に追いつくことが至上命題だったからだ。そして、太平洋戦争に負け、バブルがはじけて、お手本がなくなってしまっても、日本の教育関係者は「独創性」の育て方が分かっていない。ここまではよくある論じ方。

 むかし「知性」は普通の庶民とは関係のないものだった。ただ旧制高校から大学に進む学生だけが、難解な西洋の哲学書を読んで「近代的知性」を身につけることを求められた。しかし、実のところ、彼らが身につけていたのは「教養」と呼ばれる知識の総体でしかなかった。とここで、「坊っちゃん」のターナー島の箇所を引いて、漱石が、野だと赤シャツの「教養」を笑っていることを示す。「教養」は、今では「情報」にその座を譲り渡しているが、どちらも自分の外に根拠(権威)を求める行為である。

 日本人は古くなった知識(教養、情報)を簡単に新しいものに入れ替える。甚だしいと「考え方」自体も入れ替えようとする。軍国主義を民主主義に入れ替えたように。そして利口な(損得に鋭敏な)人間は文句を言わない。そこで、ようやく最後の五分の一くらいになって「知性」の話になる。考えることの根本にあるものが「知性」である。今までの自分では駄目だ、という状況に陥って、不安を感じたとき、サッと別の考え方に乗り換えるのではなく、「自分の尊厳」を信じて、自分にできることを考える。つまり「負けない力」が知性なのだという。

 難しい言葉は使っていないのだけど、後半はずっと抽象的で分かりにくかった。まあ著者は、この本は自己啓発本のような「役に立つ本」ではないと、再三ことわっているのだから、不満を言ってもしかたないのだけど。

 大事なことを補足しておくと、複数の価値観に立脚するのが知性であって、単一の価値観の下で「負けまい」(勝っている人たちのレベルに達しないと、人生の敗残者になってしまう)と思って、必死に戦い続けるのは、知性のある人間の振る舞いではないという。まわりにこういう人たちをよく見るので、自戒をこめて書き留めておく。
コメント
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