見もの・読みもの日記

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アメリカの宗教と政治/反知性主義(森本あんり)

2015-12-30 01:01:59 | 読んだもの(書籍)
○森本あんり『反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書) 新潮社 2015.2

 この夏、現政権に対する批判として「反知性主義」という言葉をよく聞いた。その流行の原点のような本だが、書店で表紙を眺めていて、どうも書いてある内容は違うんじゃないかと思っていた。たまたま小田嶋隆氏の『超・反知性主義入門』を読んだら、付録に小田嶋さんと森本あんりさんの対談がついていて、本来の「反知性主義」の説明が非常に興味深かったので、迷っていた本書を読む決心がついた。

 「反知性主義」(anti-intellectualism)の名づけ親は『アメリカの反知性主義』の著者ホフスタッターである。同書は2003年に日本語訳が刊行されているが、アメリカ独特のキリスト教史の前提がないと理解しにくい。そこで、日本人の著者が、日本人にも分かるように懇切に書き起こしたのが本書である。

 アメリカに入植した初期のピューリタンはきわめて高学歴だった。カトリックの聖職者は典礼(儀式)さえ執行できればよかったが、プロテスタントは一般信者が自分で聖書を読むことを奨励した。さらに教会の純化を求めたピューリタンは、聖書の言葉を正しく解き明かしてくれる指導者を求めたので、大卒でなければ牧師になれない、と考えられていた。それゆえ、初期の入植者たちは、牧師の後継者を養成するため(初等教育の充実よりも先に)直ちに植民地に大学を設立した。ハーバード大学はその一つだが、目指したのは「神学校」ではなかった。むしろ広汎なリベラルアーツこそが、ピューリタン牧師に必要な専門教育と考えられていた。こんな調子で、本書は「アメリカ大学史」として読んでも、非常に面白かった。

 初期のピューリタンの礼拝は長時間の説教がメインで、高度に知的な営為だった(オルガンや讃美歌、クリスマスさえも「カトリック的」なので排除された!)。この反動として起きたのが、18世紀半ばの「信仰復興運動(リバイバル)」である。本書はジョナサン・エドワーズ(1703-1758)とジョージ・ホイットフィールド(1714-1770)という二人の牧師について詳述している。ホイットフィールドは、難解な教理よりも素朴な福音のメッセージを語り、声音と身振りで多くの聴衆を魅了した。聖書にも、神は真理を知恵のある者ではなく幼な子にあらわされると書かれている、というのが、彼ら巡回説教師の決めぜりふだった。ここに反知性主義の究極の出発点があると著者は説く。

 19世紀初めには第二次信仰復興運動が起き、メソジスト教会と(よりラディカルな)バプテスト教会が大きく成長する。信仰復興運動は教派を越えて、アメリカのキリスト教に「福音主義(エヴァンジェリカル)」という共通感覚を醸成した。政治の世界では、1828年の選挙で「無学な荒くれ男」のジャクソンが「インテリ」アダムスを破って、大統領に就任した。著者いわく「昔も今も、アメリカの大統領には、目から鼻に抜けるような知的エリートは歓迎されない」。なるほど、何人かの大統領や大統領候補の顔と名前が脳裡をよぎった。そして、「ビールを飲みながら気軽に話せる相手」のような気さくさ、特権階級に対する反感、巧みなパフォーマンスなどで大衆を引き付ける点は、最近の日本の政治家に通じるように思う。

 19世紀末の第三次信仰復興運動では、リバイバル説教をビジネスにして大成功したドワイト・ムーディ(1837-1899)、さらに大リーガーから転身した伝道家ビリー・サンデー(1862-1935)についても語られている。サンデーは大学はおろか高校も出ていない。

 著者はここで注意を促す。フランス人トクヴィルは、アメリカには無学な者も多いが、思わぬところにとんでもない知識人がいることを書き留めている。つまり、ヨーロッパのように知性(知識)を代々受け継ぐ特権階級が存在しないのである。この平等主義は、アメリカ反知性主義の原点である。反知性主義は、知性そのものに対する反感ではなく、知性が世襲的な特権階級の所有物になることへの反感なのだ。別の箇所にあった解説だが、アメリカの反知性主義は「神の前の万人平等」という宗教的原理に根ざしているのであって、反知性主義は反権力主義であるという言葉も付け加えておこう。このまとめを読むと、反知性主義は、希望をもたらす輝かしい果実のように思える。

 しかし、本書は、上述の伝道家サンデーが、富や権力に対する民衆の反感を基盤にのし上がったはずなのに、いつしか権力構造の内部に取り込まれてしまったことを記す。20世紀の反知性主義は、大衆的成功をおさめると同時に、本来の反権力主義的な性格を失ってしまった。今、日本で、あるいはアメリカのニュースで、私たちが見聞きしているのは、この堕落した反知性主義のなれの果てなのかもしれない。
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