○川島真『近代国家への模索:1894-1925』(岩波新書:シリーズ中国近現代史2) 岩波書店 2010.12
シリーズ第2巻は、日清戦争勃発の1894年から孫文死去の1925年までを扱う。ちょうど中間に、近代中国の起点とされる1911年(辛亥革命)が設定されている。私は、特に中国史の専門教育を受けた人間ではないが、日清戦争から辛亥革命までの前半は、筋書きも登場人物も、小説やドラマで「お馴染み」なので読みやすかった。
ただ、やはり通俗ドラマの歴史理解とは、いろいろ異なる見解を教えられるところがあって興味深い。たとえば、日清戦争で日本海軍が優位に立った説明として「北洋艦隊の予算の大部分を西太后が頤和園の造営に充当したため」というのが人口に膾炙しているが、著者は「真偽のほどは不明」としている。また、日露戦争において、清はロシアの満州からの撤退を望んでいたため、日本に対して「友好的中立」の立場を取り(実質的には日本支援)、バルチック艦隊の航行状況が清の沿岸部の大官から日本領事に伝えられていたとか、地方大官から日本への献金が相次いだ(袁世凱からは銀2万両!)というのも初めて知る話だった。私は中国ドラマの影響もあって、袁世凱は悪者だと思ってきたが、本書を読むと、やっぱり激動の時代が求めた新しい人材だったということを強く感じた。
ものごとの善悪は、なかなか単純には語れない。列強による瓜分の危機は、中国に近代国家としての一体感を目覚めさせるが、そのことが、清朝皇帝とはゆるやかな連帯の関係にあったモンゴル・チベット・新疆等への(漢人優位の)介入になったり、中央集権的な近代国家モデルを導入しようとした光緒新政は、かえって地域社会に混乱を招き、清の滅亡を早めたのではないか、という指摘にも考えさせられるものがあった。
中央集権か地方分権かというのは、どうやら中国の近代化を通じて、ずっとつきまとう課題のようだ。特に本書が扱う時代は、「おわりに」で総括されているように「『地方』としての省が主導的な役割を果たした時代」であったと言える。これは、日本の近代史との決定的な違いではないかと思う。むかし、1つの国家の中に複数の政権があるという状況が、どうにも理解できなかったなあ…。彼ら地方政権は、中央政府に対して自立的であろうとするけれど、山東問題や21ヵ条要求などの外交問題についてナショナリストとして振る舞うことに「矛盾はない」ということが。これは、近代国家への過渡期の姿ということもできるが、ある種の「可能態」を示していると見ることもできるように思う。
後半の辛亥革命以降は、清末以来の重要人物が次々に退場(死去)し、新旧交代を準備する幕間の時代。日本の書物ではあっさり扱われることが多いと思うが、本書は細かい内外の動きを追っていて面白かった。特に、中国政府がさまざまな国際会議において精力的な外交努力を重ねていたことがよく分かった。国際社会における地位の確保が、内政の安定と密接に結びついていたためだろう。
認識を改めたことのひとつは、かつて近代と現代の分岐点とされた、1919年の五・四運動が「昨今ではそうした区分をすることは稀」と片付けられていたこと。あ、そうなんだ。それから、孫文は帝政ロシアを倒したソ連を高く評価しており、「国民党の形成過程におけるソ連のボルシェヴィズムの影響はきわめて大きい」という指摘も、ちょっと意外だった。いや、専門家には意外じゃないのかな。
小さいが興味深い写真図版を多数掲載。中でも、梅谷庄吉(1868-1934)が撮影した辛亥革命のフィルム(記録映画)が残っているということに驚いた。

ただ、やはり通俗ドラマの歴史理解とは、いろいろ異なる見解を教えられるところがあって興味深い。たとえば、日清戦争で日本海軍が優位に立った説明として「北洋艦隊の予算の大部分を西太后が頤和園の造営に充当したため」というのが人口に膾炙しているが、著者は「真偽のほどは不明」としている。また、日露戦争において、清はロシアの満州からの撤退を望んでいたため、日本に対して「友好的中立」の立場を取り(実質的には日本支援)、バルチック艦隊の航行状況が清の沿岸部の大官から日本領事に伝えられていたとか、地方大官から日本への献金が相次いだ(袁世凱からは銀2万両!)というのも初めて知る話だった。私は中国ドラマの影響もあって、袁世凱は悪者だと思ってきたが、本書を読むと、やっぱり激動の時代が求めた新しい人材だったということを強く感じた。
ものごとの善悪は、なかなか単純には語れない。列強による瓜分の危機は、中国に近代国家としての一体感を目覚めさせるが、そのことが、清朝皇帝とはゆるやかな連帯の関係にあったモンゴル・チベット・新疆等への(漢人優位の)介入になったり、中央集権的な近代国家モデルを導入しようとした光緒新政は、かえって地域社会に混乱を招き、清の滅亡を早めたのではないか、という指摘にも考えさせられるものがあった。
中央集権か地方分権かというのは、どうやら中国の近代化を通じて、ずっとつきまとう課題のようだ。特に本書が扱う時代は、「おわりに」で総括されているように「『地方』としての省が主導的な役割を果たした時代」であったと言える。これは、日本の近代史との決定的な違いではないかと思う。むかし、1つの国家の中に複数の政権があるという状況が、どうにも理解できなかったなあ…。彼ら地方政権は、中央政府に対して自立的であろうとするけれど、山東問題や21ヵ条要求などの外交問題についてナショナリストとして振る舞うことに「矛盾はない」ということが。これは、近代国家への過渡期の姿ということもできるが、ある種の「可能態」を示していると見ることもできるように思う。
後半の辛亥革命以降は、清末以来の重要人物が次々に退場(死去)し、新旧交代を準備する幕間の時代。日本の書物ではあっさり扱われることが多いと思うが、本書は細かい内外の動きを追っていて面白かった。特に、中国政府がさまざまな国際会議において精力的な外交努力を重ねていたことがよく分かった。国際社会における地位の確保が、内政の安定と密接に結びついていたためだろう。
認識を改めたことのひとつは、かつて近代と現代の分岐点とされた、1919年の五・四運動が「昨今ではそうした区分をすることは稀」と片付けられていたこと。あ、そうなんだ。それから、孫文は帝政ロシアを倒したソ連を高く評価しており、「国民党の形成過程におけるソ連のボルシェヴィズムの影響はきわめて大きい」という指摘も、ちょっと意外だった。いや、専門家には意外じゃないのかな。
小さいが興味深い写真図版を多数掲載。中でも、梅谷庄吉(1868-1934)が撮影した辛亥革命のフィルム(記録映画)が残っているということに驚いた。