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氷山の南 池澤夏樹著 思想の葛藤へ誘い込む冒険談

2012-04-24 | アイヌ民族関連
日本経済新聞 2012/4/22付

 2016年、オーストラリア南部の港町で、ジンという18歳の青年が、南極へ向う船に密航者として乗り込む。彼は北海道出身でアイヌ民族の血を引く日本人だ。ニュージーランドの高校を卒業したばかりだが、ゲームやファンタジーに熱中する同世代の不毛な閉塞感から逃れ、人生の活路をこの船に求めてきた。アラビアン・ナイトのシンドバッドを意味する「シンディバード」号の任務は、南極の氷山をカーボン・ナノチューブ製の網で曳航(えいこう)して帰り、その水を砂漠の潅漑(かんがい)に役立てるという壮大なプロジェクトだ。密航が露見した彼は、船長たちの前でこのプロジェクトの目撃者・記録者になると力説し、船内でパン職人兼新聞記者として働き始める。乗組員たちへの彼の旺盛なインタビューが、まさに見聞記を形成していく。
 『白鯨』や『海底二万マイル』を思い出させるようなスケールの大きなSF冒険小説だが、本書はやがて今日の私たちが直面している難問に突き当たる。それは自然を科学技術の力で開拓し、人類の文明をどこまでも進歩させていくことの是非についてである。シンディバードのプロジェクトを妨害しようとする勢力が浮上してくる。氷を神聖なものとして信仰する「アイシスト」の組織である。人類の科学技術や経済活動を、氷のようにできるだけ消極的に、最小限に「冷却」しようというのが、彼らの思想「アイシズム」らしい。目的を阻む敵のごとく現れたはずの彼らなのだが、その提言がだんだん心に染み込んでくる。実在する宗教かと思えるほどだ。
 同時に、ジンが父祖から受け継いだアイヌ民族の教えや、オーストラリアの先住民、アボリジニの生き方もまた、強烈なアンチテーゼとして説得力を帯びてくる。
 大自然の脅威と直面する冒険談は、こうして私たちをダイナミックな思想の葛藤の渦へと誘い込む。あの3・11体験が、その葛藤をさらに生々しく感じさせることは間違いない。しかし主張を声高に出さず、世界文学の王道を踏襲しながら、本書は私たちを極点まで連れ去り、日常へ帰ってくるのだ。
 21世紀の偉大な小説が、日本から船出した。(文芸評論家 清水良典)
(文芸春秋・2100円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
http://www.nikkei.com/life/review/article/g=96958A96889DE6E2E4E7EAE7EBE2E0E3E2E6E0E2E3E09F8890E2E2E3;p=96948D819791E18D91938D81E38D
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