東洋経済2022/10/20 11:20長野美穂 : ジャーナリスト

ロサンゼルス市議を務めていたヌリー・マルティネス議員(写真上中央)。前代未聞の差別発言のオンパレードがリークされたことで自身のキャリアも台なしに(写真:筆者撮影)
政治家が高笑いしながら幼い男の子を「猿」と呼ぶ――。そんな前代未聞の「差別発言」にロサンゼルス市民の怒りと悲しみは頂点に達した。
事の発端は、ロス市議会の議長を務めるヌリー・マルティネス議員(49歳)のレイシスト発言が録音によってリークされたことだった。
昨年、マルティネス議員と2人の同僚男性議員など4人で内輪のミーティングが行われた際、会話が何者かによって録音され、音声ファイルが最近ネット上にアップされた。そこにはマルティネス議員が、ミーティングに参加していない白人男性議員の養子の黒人の息子のことを、「リトルモンキー」と呼ぶ声が録音されていたのだ。
この男子の父親は、同じ市議会のマイク・ボニン議員。同議員はハーバード大学卒のゲイ男性で、同性婚した夫とともに男子を育てている。録音の中で、マルティネス議員はボニン議員を「ビッチ」と呼び、息子の存在を「まるでアクセサリー」だと揶揄。すると2人の男性議員の1人が、すかさず「まるでルイ・ヴィトンのバッグみたいだね」と合いの手を入れた。
メキシコ先住民族を「背が低く、色が黒い」
マルティネス議員の口撃はこれで終わりではなかった。次の標的は、ロス市内のコリアタウン地域に昔から多数住んでいる、メキシコのオアハカ州出身の先住民族の人々に移った。
「背が低く、色が黒い人たち」 「彼らはいったいどこの村から来たのか?」 「彼らはものすごく醜い」
ちなみに、差別発言を繰り出しているマルティネス議員自身は、メキシコ系のアメリカ人。両親は移民で、自らもメキシコにルーツがあるのにもかかわらず、自分より「肌の色が濃く、身長が低い」という理由で、メキシコから移住してきた先住民族の有権者を、笑いながら差別しているのだ。
この録音がロサンゼルス・タイムズ紙のネット版に記事と共に掲載されると、市内は大騒ぎになった。全米最大の中南米移民支援団体である「セントラル・アメリカン・リソース・センター」のソチー・サンチェスさん(30歳)は市議会の建物の前でこう語る。
「マルティネス議員は、彼女が『背の低い、肌の色が濃い』と称した人々たちの票のおかげで議員として当選することができた。それなのに、先住民族をあそこまで差別的な目で見ていたとは。ひどい裏切りだ。すぐに議員を辞任すべき」
サンチェスさんの団体はオアハカ州出身の移民たちの支援も積極的に行ってきた。「少しでも白色に近い肌を持つ者が優位だとする差別は、世界中どこにでも根強くある。肌の色をあげつらう差別語を権力を持つ公人が公然と口にすることの害を考えたら、即辞任以外の責任の取り方はない」。
ロスで生まれ育ったエルサルバドル系アメリカ人であるサンチェスさんは、マルティネス議員が当選した日のことを今でも鮮明に覚えているという。「同じラティーナとして、自分たちの仲間がついに市議会の議長になったんだとワクワクした。だからこそ失望が大きい」。
「ブラウンの人々がブラックを差別」
10月11日の段階では、マルティネス議員は、議長職は辞任したが、議員自体は辞めておらず、休暇を取って議会には姿を見せなかった。
そんな中、ボニン議員は、議場に立ち、息子に対し浴びせられたレイシスト発言について声を絞り出して語った。
「私と夫は心から傷ついている。信頼される行動をすべき公人が、ロサンゼルスの魂を切り裂いた。白人の父親として黒人の男の子を育てているんだが、私は親として多分欠点だらけで、失敗している点がたくさんあると思う。でも、私は息子を心から愛している。何も知らない息子を傷つける心ない行為に胸が張り裂けそうだ。市民を分断させることが目的である構造的な差別に、ロサンゼルスは決して屈しない」
この事件を受け「ブラウンの人々がブラックの人々を差別した」――という見出しが全米のニュースメディアに躍ると、ロスの公立小中学校で長年教鞭を執ってきた黒人女性のニッキ・ジャクソンさんはこう語る。
「リークされた録音の音声を聞いた夜はさすがに眠れなかった。この街での黒人差別は今さら新しいことではない。でもロス市内で最も権力を持つ政治家の1人である彼女が、まだ幼い黒人の男の子を形容するのに、ここまで明確に差別をカジュアルに表現していること、そして、それを同席していた議員がたしなめたり、止めたりしなかったことが、この問題の闇の深さを物語っている」
ジャクソンさんは、自身が3歳ぐらいの頃から、母親に「いつか誰かに黒人侮蔑用語や差別語を投げつけられることがあっても、あなたが悪いのではない。差別をする人が間違っているんだよ」と繰り返し言われて育った。
その後ロスで教師として働く中で、黒人の小学生たちの多くが、差別された経験から心にトラウマを抱えて傷ついている様子を目撃してきた。「差別と政治権力が結びついた時、その加害は最大に拡大する」とジャクソンさんは言う。
今回のリーク録音の会話をじっくりと聴いてみると、マルティネス議員とその他2名の議員らは「10年に1度行われる行政地区の再編成」をめぐって、策略を練っていたことがわかる。
「リディストリクト」と呼ばれるこの地区再調整は、ロス市内にある15地区の区画の線引きを、最新の国勢調査の結果に基づいて、再度やり直すというもの。特定の地区に経済力や政治力が偏らないための調整なのだが、マルティネス議員らにとっては、自分が代表する地区に主要ビジネスや空港や有力大学などをキープするように線引きすることで、政治力と発言力を拡大し、再選への布石にする絶好の機会だったようだ。
ロス市の人種別の人口比を見ると、48%がヒスパニック系、29%が白人、11%がアジア系、9%が黒人で、ヒスパニック系の割合は過去40年で倍になっている。黒人や白人の政治パワーを押さえ込んで圧縮することで、ヒスパニック系の勢力を増大しようというのがマルティネス議員の狙いだというのはリーク音声の会話から伝わってくる。
アジア系への差別発言がなかったワケ
マルティネス議員が目の敵にしているのは、黒人、白人、LGBTQや先住民族と実に広範囲にわたっているが、今回、筆者が録音を聴いた限りでは、アジア系への差別は見あたらなかった。
日系アメリカ人の人権団体「ジャパニーズ・アメリカン・シチズンズ・リーグ」のサウスベイ支部のプレジデントを務めるケント・カワイ氏はこう分析する。
「今回の彼女の発言の中にアジア系への攻撃がないのは、アジア系住民にとっては一見、いいことのように見える。だが、実は、ロス市議会の中で、アジア系の政治的勢力が弱すぎて、わざわざ攻撃するまでもないと無視されているに過ぎない、と言える」
カワイ氏は過去15~20年間に、ロス市議会にアジア系の議員が1人を除いてほとんど存在しなかったことを指摘する。近郊のトーランス市議会などではアジア系の議員の力が非常に強い。だが、リトル東京やコリアタウンなども管轄内であるロス市議会では、アジア系議員の存在感が歴史的にほぼ皆無に等しい状況なのだ。
「アジア系住民はモデル・マイノリティと呼ばれ、優等生的なステレオタイプで見られていることが多いが、実はロス市内で貧困に苦しむアジア系住民も年々増えていることはあまり知られていない」とカワイ氏。アジア系議員が市議会にいなければ、アジア系貧困層の声も意思決定の場に届きにくいというわけだ。
コリアタウン近郊に住むシャキール・ラフマンさんは「マルティネスの録音音声を聴けばはっきりわかるが、彼女は反黒人キャンペーンと同様に、反貧困層キャンペーンを徹底して強化しているのが特徴だ。コロナ禍で職を失った最も貧しい人々や、ホームレスの人々を圧迫しようとする市政に彼女は舵を切っている。それは何も今、始まったことじゃない。単に録音のリークではっきり可視化されただけ」と話す。
「甘い言葉で貧しい人から票を得た」
今回、市役所の建物の前で、マルティネス議員に対する抗議運動をしていた人々の中には、賃貸住宅の家賃の急激な高騰により、家賃が払えずにアパートから追い出される人々を助ける「ロサンゼルス・テナント・ユニオン」のメンバーが多かった。
「マルティネス議員がかかわったこれまでの政策をすべて調査して、裏取引や汚職が発覚したものは、全部無効にしてほしい」と語るのは、ケニア・アルコサーさんだ。先住民族の血をひく彼女は2歳の息子を連れて市議会に抗議にやってきた。「甘い言葉で貧しい人間の1票を取り込んで、票を集めていざ議員になったら、貧しい人間を排除して自分の政治権力を伸ばすだけの人間は辞任してほしい」と彼女は訴える。
そして10月12日の午後、ついに高まる批判に耐えかねてか、マルティネス議員は辞職する声明を発表した。その辞職声明文に有権者への謝罪はなく、そのかわり、彼女をロールモデルとしてきたラテン系の少女たちに向けて「頑張って」と書かれていた。
「ラテン系の政治家たちがこれまで長年ロスで築いてきた信頼を、自分の手でボロボロにしておいて、ラティーナの少女たちにエールだと? いいかげんにして」。そんな怒りのツイートがネット上に洪水のようにあふれかえった。
https://toyokeizai.net/articles/-/627119

ロサンゼルス市議を務めていたヌリー・マルティネス議員(写真上中央)。前代未聞の差別発言のオンパレードがリークされたことで自身のキャリアも台なしに(写真:筆者撮影)
政治家が高笑いしながら幼い男の子を「猿」と呼ぶ――。そんな前代未聞の「差別発言」にロサンゼルス市民の怒りと悲しみは頂点に達した。
事の発端は、ロス市議会の議長を務めるヌリー・マルティネス議員(49歳)のレイシスト発言が録音によってリークされたことだった。
昨年、マルティネス議員と2人の同僚男性議員など4人で内輪のミーティングが行われた際、会話が何者かによって録音され、音声ファイルが最近ネット上にアップされた。そこにはマルティネス議員が、ミーティングに参加していない白人男性議員の養子の黒人の息子のことを、「リトルモンキー」と呼ぶ声が録音されていたのだ。
この男子の父親は、同じ市議会のマイク・ボニン議員。同議員はハーバード大学卒のゲイ男性で、同性婚した夫とともに男子を育てている。録音の中で、マルティネス議員はボニン議員を「ビッチ」と呼び、息子の存在を「まるでアクセサリー」だと揶揄。すると2人の男性議員の1人が、すかさず「まるでルイ・ヴィトンのバッグみたいだね」と合いの手を入れた。
メキシコ先住民族を「背が低く、色が黒い」
マルティネス議員の口撃はこれで終わりではなかった。次の標的は、ロス市内のコリアタウン地域に昔から多数住んでいる、メキシコのオアハカ州出身の先住民族の人々に移った。
「背が低く、色が黒い人たち」 「彼らはいったいどこの村から来たのか?」 「彼らはものすごく醜い」
ちなみに、差別発言を繰り出しているマルティネス議員自身は、メキシコ系のアメリカ人。両親は移民で、自らもメキシコにルーツがあるのにもかかわらず、自分より「肌の色が濃く、身長が低い」という理由で、メキシコから移住してきた先住民族の有権者を、笑いながら差別しているのだ。
この録音がロサンゼルス・タイムズ紙のネット版に記事と共に掲載されると、市内は大騒ぎになった。全米最大の中南米移民支援団体である「セントラル・アメリカン・リソース・センター」のソチー・サンチェスさん(30歳)は市議会の建物の前でこう語る。
「マルティネス議員は、彼女が『背の低い、肌の色が濃い』と称した人々たちの票のおかげで議員として当選することができた。それなのに、先住民族をあそこまで差別的な目で見ていたとは。ひどい裏切りだ。すぐに議員を辞任すべき」
サンチェスさんの団体はオアハカ州出身の移民たちの支援も積極的に行ってきた。「少しでも白色に近い肌を持つ者が優位だとする差別は、世界中どこにでも根強くある。肌の色をあげつらう差別語を権力を持つ公人が公然と口にすることの害を考えたら、即辞任以外の責任の取り方はない」。
ロスで生まれ育ったエルサルバドル系アメリカ人であるサンチェスさんは、マルティネス議員が当選した日のことを今でも鮮明に覚えているという。「同じラティーナとして、自分たちの仲間がついに市議会の議長になったんだとワクワクした。だからこそ失望が大きい」。
「ブラウンの人々がブラックを差別」
10月11日の段階では、マルティネス議員は、議長職は辞任したが、議員自体は辞めておらず、休暇を取って議会には姿を見せなかった。
そんな中、ボニン議員は、議場に立ち、息子に対し浴びせられたレイシスト発言について声を絞り出して語った。
「私と夫は心から傷ついている。信頼される行動をすべき公人が、ロサンゼルスの魂を切り裂いた。白人の父親として黒人の男の子を育てているんだが、私は親として多分欠点だらけで、失敗している点がたくさんあると思う。でも、私は息子を心から愛している。何も知らない息子を傷つける心ない行為に胸が張り裂けそうだ。市民を分断させることが目的である構造的な差別に、ロサンゼルスは決して屈しない」
この事件を受け「ブラウンの人々がブラックの人々を差別した」――という見出しが全米のニュースメディアに躍ると、ロスの公立小中学校で長年教鞭を執ってきた黒人女性のニッキ・ジャクソンさんはこう語る。
「リークされた録音の音声を聞いた夜はさすがに眠れなかった。この街での黒人差別は今さら新しいことではない。でもロス市内で最も権力を持つ政治家の1人である彼女が、まだ幼い黒人の男の子を形容するのに、ここまで明確に差別をカジュアルに表現していること、そして、それを同席していた議員がたしなめたり、止めたりしなかったことが、この問題の闇の深さを物語っている」
ジャクソンさんは、自身が3歳ぐらいの頃から、母親に「いつか誰かに黒人侮蔑用語や差別語を投げつけられることがあっても、あなたが悪いのではない。差別をする人が間違っているんだよ」と繰り返し言われて育った。
その後ロスで教師として働く中で、黒人の小学生たちの多くが、差別された経験から心にトラウマを抱えて傷ついている様子を目撃してきた。「差別と政治権力が結びついた時、その加害は最大に拡大する」とジャクソンさんは言う。
今回のリーク録音の会話をじっくりと聴いてみると、マルティネス議員とその他2名の議員らは「10年に1度行われる行政地区の再編成」をめぐって、策略を練っていたことがわかる。
「リディストリクト」と呼ばれるこの地区再調整は、ロス市内にある15地区の区画の線引きを、最新の国勢調査の結果に基づいて、再度やり直すというもの。特定の地区に経済力や政治力が偏らないための調整なのだが、マルティネス議員らにとっては、自分が代表する地区に主要ビジネスや空港や有力大学などをキープするように線引きすることで、政治力と発言力を拡大し、再選への布石にする絶好の機会だったようだ。
ロス市の人種別の人口比を見ると、48%がヒスパニック系、29%が白人、11%がアジア系、9%が黒人で、ヒスパニック系の割合は過去40年で倍になっている。黒人や白人の政治パワーを押さえ込んで圧縮することで、ヒスパニック系の勢力を増大しようというのがマルティネス議員の狙いだというのはリーク音声の会話から伝わってくる。
アジア系への差別発言がなかったワケ
マルティネス議員が目の敵にしているのは、黒人、白人、LGBTQや先住民族と実に広範囲にわたっているが、今回、筆者が録音を聴いた限りでは、アジア系への差別は見あたらなかった。
日系アメリカ人の人権団体「ジャパニーズ・アメリカン・シチズンズ・リーグ」のサウスベイ支部のプレジデントを務めるケント・カワイ氏はこう分析する。
「今回の彼女の発言の中にアジア系への攻撃がないのは、アジア系住民にとっては一見、いいことのように見える。だが、実は、ロス市議会の中で、アジア系の政治的勢力が弱すぎて、わざわざ攻撃するまでもないと無視されているに過ぎない、と言える」
カワイ氏は過去15~20年間に、ロス市議会にアジア系の議員が1人を除いてほとんど存在しなかったことを指摘する。近郊のトーランス市議会などではアジア系の議員の力が非常に強い。だが、リトル東京やコリアタウンなども管轄内であるロス市議会では、アジア系議員の存在感が歴史的にほぼ皆無に等しい状況なのだ。
「アジア系住民はモデル・マイノリティと呼ばれ、優等生的なステレオタイプで見られていることが多いが、実はロス市内で貧困に苦しむアジア系住民も年々増えていることはあまり知られていない」とカワイ氏。アジア系議員が市議会にいなければ、アジア系貧困層の声も意思決定の場に届きにくいというわけだ。
コリアタウン近郊に住むシャキール・ラフマンさんは「マルティネスの録音音声を聴けばはっきりわかるが、彼女は反黒人キャンペーンと同様に、反貧困層キャンペーンを徹底して強化しているのが特徴だ。コロナ禍で職を失った最も貧しい人々や、ホームレスの人々を圧迫しようとする市政に彼女は舵を切っている。それは何も今、始まったことじゃない。単に録音のリークではっきり可視化されただけ」と話す。
「甘い言葉で貧しい人から票を得た」
今回、市役所の建物の前で、マルティネス議員に対する抗議運動をしていた人々の中には、賃貸住宅の家賃の急激な高騰により、家賃が払えずにアパートから追い出される人々を助ける「ロサンゼルス・テナント・ユニオン」のメンバーが多かった。
「マルティネス議員がかかわったこれまでの政策をすべて調査して、裏取引や汚職が発覚したものは、全部無効にしてほしい」と語るのは、ケニア・アルコサーさんだ。先住民族の血をひく彼女は2歳の息子を連れて市議会に抗議にやってきた。「甘い言葉で貧しい人間の1票を取り込んで、票を集めていざ議員になったら、貧しい人間を排除して自分の政治権力を伸ばすだけの人間は辞任してほしい」と彼女は訴える。
そして10月12日の午後、ついに高まる批判に耐えかねてか、マルティネス議員は辞職する声明を発表した。その辞職声明文に有権者への謝罪はなく、そのかわり、彼女をロールモデルとしてきたラテン系の少女たちに向けて「頑張って」と書かれていた。
「ラテン系の政治家たちがこれまで長年ロスで築いてきた信頼を、自分の手でボロボロにしておいて、ラティーナの少女たちにエールだと? いいかげんにして」。そんな怒りのツイートがネット上に洪水のようにあふれかえった。
https://toyokeizai.net/articles/-/627119