秋田魁新報2024年07月08日 09時18分
平地の中にぽこんと盛り上がったような山をアイヌ語でタプコプという。大館市比内町の達子森(たっこもり)も発音からアイヌ語が由来に違いない。以前、地元の識者から教わった ▼標高207メートルとこぢんまりしている。だが、近づいて見ると存在感がある。弁慶が背負ってきて置いたところ、根付いてしまい動かすことができなくなったのが達子森との言い伝えも残る。山頂に薬師神社がある信仰の山でもある▼比内町達子の松江洋(ひろし)さん(75)は、そんな山や川のある比内の自然が忘れられず首都圏から戻った一人だ。都内の大学を卒業し、神奈川県の郵便局に勤めていた30歳の頃、古里への転勤を希望。Uターンを果たした▼「このまま都会で暮らすべきか、地元に帰るべきか。将来を考えた結果、生まれ育った古里でこれからの人生を送りたいとの思いが勝った」と当時を振り返る。自宅は達子森の近く。地元の郵便局長を務め、地域づくりにも尽くしてきた▼岩手県出身の作家若竹千佐子さんの芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」にも、古里の山が登場する。上京して都会暮らしをする主人公の女性にとって、平凡なその山はつまらない場所の象徴だった。だがある日夢に現れたのを機に印象が一変。大切な心の支えとなっていく▼地方から大都市への人口流出になかなか歯止めがかからない。一方、都会に出てみたものの、やはり古里で暮らしたいと戻ってくる人も決して少なくない。昔と変わらぬ山や川がそこにある。