ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト 12月18日(火)19時36分配信
西アフリカ、マリの広大な内陸デルタを潤すニジェール川で、大規模な灌漑事業が計画されている。湿地消失を危惧する専門家の声もあり、地元住民は不安を感じているという。
マリ中部のモプティ州デボイエ(Deboye)地区はサハラ砂漠の外縁部に位置するが、面積の大部分を湿地が占める。アフリカ屈指の大河、ニジェール川の蛇行する流れが作り出した世界有数の内陸デルタだ。
デルタ地域の人口は約200万人。ほとんどが漁業や放牧、農業で生計を立てているが、デボイエのダオダ・サナンコウ(Daouda Sanankoua)区長は次のように不満を漏らす。「ここではすべてが水に依存しているが、その大事な水を政府が取り上げようとしている。われわれの意見も聞かず、外国から来た農業法人に提供するそうだ」。
こうした問題は世界中で起きている。河川や周辺の自然を糧に生活する人々が、上流で行われる権力者の利水事業に苦しめられているのだ。
◆恵のデルタ
ニジェール内陸デルタは、ヨーロッパから来た渡り鳥の主要な越冬地で、カバ、クロコダイル、マナティーなども生息する自然の宝庫だが、人間の営みとの調和も高いレベルで保たれていた。先住民のボゾ族は、朝から晩までカヌーに乗って投網を打ち、年間10万トンの水揚げがあったという。
13世紀に強大なマリ帝国を築いたバンバラ族は、水位が下がる乾期に泥地でアワや米を栽培していた。イスラム教徒のフラニ族も、19世紀初期にはブルグ(イネ科ヒエ属の多年草)を飼料にウシやヤギの放牧を開始している。もちろん異論もあるが、各部族が互いの権利を尊重し、それぞれの営みに専念しながら何世代にも渡り命をつないできた。あらゆる科学的資料が、自然との調和が長続きした経緯を示していいるが、状況は変わってしまったようだ。
最近は水位低下や漁獲高の落ち込みが顕著で、浸水林は乾いたままだという。住民もなんとか暮らしているが、デボイエのサナンコウ区長は村や町が廃墟になる事態を恐れている。
◆ニジェール川の利水事業
デルタの危機の原因を降水量の減少や気候変動に求める声もあるが、サナンコウ区長は上流の利水事業と見ている。
実際、デルタを離れてニジェール川を数キロ遡ると、コンクリートダムと分水路の建設工事が進んでいた。
事業目的は、中国の砂糖会社、リビアの稲作法人、ドイツやフランス、アメリカの企業が出資する農業開発プロジェクトへの水供給。すべて、灌漑事業を統括する政府機関「ニジェール公社」の管理区域で行われる。マリ政府はこうした開発を足掛かりに海外からの投資を呼び込み、農業の近代化を進める意向だ。しかし、水不足が足かせとなり目標達成は難しいと反対派は主張する。
ニジェール公社が計画している灌漑水田約10万ヘクタールの4分の1は既に利用中で、ニジェール川の水8%を引き込んでいる。ただし、ニジェール川研究の権威でオランダ政府の水文学者レオ・ツバルツ(Leo Zwarts)氏は、同じ水量でも乾期には70%に跳ね上がると指摘する。
実際に乾期には、デルタへ流れるニジェール本流より、分水路の水量が多くなることも多い。
結果、デルタの規模縮小は既に始まっている。ツバルツ氏の見積もりでは、現在の利水規模でも毎年の冠水面積は平均600平方キロも減少しており、多くの浸水林やブルグの群生地が消失している。現地マーケットの魚類取引量も、冠水面積に比例して落ち込んでいるという。
しかし、まだ序章にすぎない。ニジェール公社の管理区域の地図を見ると、現在の灌漑地域より今後の予定地の方がはるかに大きい。主要分水路の3本も取材時に拡張工事が行われていた。
マリ政府は今後、外国企業を巻き込んで灌漑地域を10倍以上に拡大する予定だ。参加企業には無料の土地と、希望量の農業用水が提供される。ツバルツ氏の試算では、乾期にダム下流の水量がゼロになる日も近い。さらに上流でギニア政府が計画している水力発電ダムも完成すれば、4年に1度のペースでデルタが完全に干上がる可能性もあるという。
Fred Pearce in Mali for National Geographic News
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20121218002&expand#title
西アフリカ、マリの広大な内陸デルタを潤すニジェール川で、大規模な灌漑事業が計画されている。湿地消失を危惧する専門家の声もあり、地元住民は不安を感じているという。
マリ中部のモプティ州デボイエ(Deboye)地区はサハラ砂漠の外縁部に位置するが、面積の大部分を湿地が占める。アフリカ屈指の大河、ニジェール川の蛇行する流れが作り出した世界有数の内陸デルタだ。
デルタ地域の人口は約200万人。ほとんどが漁業や放牧、農業で生計を立てているが、デボイエのダオダ・サナンコウ(Daouda Sanankoua)区長は次のように不満を漏らす。「ここではすべてが水に依存しているが、その大事な水を政府が取り上げようとしている。われわれの意見も聞かず、外国から来た農業法人に提供するそうだ」。
こうした問題は世界中で起きている。河川や周辺の自然を糧に生活する人々が、上流で行われる権力者の利水事業に苦しめられているのだ。
◆恵のデルタ
ニジェール内陸デルタは、ヨーロッパから来た渡り鳥の主要な越冬地で、カバ、クロコダイル、マナティーなども生息する自然の宝庫だが、人間の営みとの調和も高いレベルで保たれていた。先住民のボゾ族は、朝から晩までカヌーに乗って投網を打ち、年間10万トンの水揚げがあったという。
13世紀に強大なマリ帝国を築いたバンバラ族は、水位が下がる乾期に泥地でアワや米を栽培していた。イスラム教徒のフラニ族も、19世紀初期にはブルグ(イネ科ヒエ属の多年草)を飼料にウシやヤギの放牧を開始している。もちろん異論もあるが、各部族が互いの権利を尊重し、それぞれの営みに専念しながら何世代にも渡り命をつないできた。あらゆる科学的資料が、自然との調和が長続きした経緯を示していいるが、状況は変わってしまったようだ。
最近は水位低下や漁獲高の落ち込みが顕著で、浸水林は乾いたままだという。住民もなんとか暮らしているが、デボイエのサナンコウ区長は村や町が廃墟になる事態を恐れている。
◆ニジェール川の利水事業
デルタの危機の原因を降水量の減少や気候変動に求める声もあるが、サナンコウ区長は上流の利水事業と見ている。
実際、デルタを離れてニジェール川を数キロ遡ると、コンクリートダムと分水路の建設工事が進んでいた。
事業目的は、中国の砂糖会社、リビアの稲作法人、ドイツやフランス、アメリカの企業が出資する農業開発プロジェクトへの水供給。すべて、灌漑事業を統括する政府機関「ニジェール公社」の管理区域で行われる。マリ政府はこうした開発を足掛かりに海外からの投資を呼び込み、農業の近代化を進める意向だ。しかし、水不足が足かせとなり目標達成は難しいと反対派は主張する。
ニジェール公社が計画している灌漑水田約10万ヘクタールの4分の1は既に利用中で、ニジェール川の水8%を引き込んでいる。ただし、ニジェール川研究の権威でオランダ政府の水文学者レオ・ツバルツ(Leo Zwarts)氏は、同じ水量でも乾期には70%に跳ね上がると指摘する。
実際に乾期には、デルタへ流れるニジェール本流より、分水路の水量が多くなることも多い。
結果、デルタの規模縮小は既に始まっている。ツバルツ氏の見積もりでは、現在の利水規模でも毎年の冠水面積は平均600平方キロも減少しており、多くの浸水林やブルグの群生地が消失している。現地マーケットの魚類取引量も、冠水面積に比例して落ち込んでいるという。
しかし、まだ序章にすぎない。ニジェール公社の管理区域の地図を見ると、現在の灌漑地域より今後の予定地の方がはるかに大きい。主要分水路の3本も取材時に拡張工事が行われていた。
マリ政府は今後、外国企業を巻き込んで灌漑地域を10倍以上に拡大する予定だ。参加企業には無料の土地と、希望量の農業用水が提供される。ツバルツ氏の試算では、乾期にダム下流の水量がゼロになる日も近い。さらに上流でギニア政府が計画している水力発電ダムも完成すれば、4年に1度のペースでデルタが完全に干上がる可能性もあるという。
Fred Pearce in Mali for National Geographic News
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20121218002&expand#title