西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

半顧半望(はんこはんぼう)の計画学

2007-12-15 | 色々な仮説や疑問
今日、西山記念文庫の今年最後の研究会、その後に忘年会だったが都合で行けなかった。で、最近、「西山夘三記念すまい・まちづくり文庫」の機関誌に昨年書いた小文を、ここに再掲しておきたい。より広い読者に知って欲しいからである。

        「半顧半望」の「つながり」計画学

 奈良女子大学を2005年3月に定年(63歳)退職し、2年目に入っています。そして、最近、無事、日本国の「公式高齢者」に仲間入りし、「ジパング倶楽部」にも入部しました。ところで、定年退職時の最終講義では「つながりの豊かな地域居住」という話をしました。「つながり」というコンセプトは、実は住田昌二先生の大阪市大退職記念誌『住まいの研究誌』(1996年11月刊)の住田先生を交えた座談会で私が述べたものです。「つながり」というと、原理的には、空間と時間との二つとの「つながり」ということになりますが、空間を我々住んでいる人間達と回りの環境(自然環境、人工環境)の二つに分け、時間を内実の内容を持つ歴史としました。昨今の現実状況をみると、これら三つとの「つながり」が弱まったり、切れたとも思える状態になっているのに危機感を抱いて提起したものです。このうち、人々との「つながり」や環境との「つながり」は人生の成長過程において、徐々に広がり複雑になっていくのは経験的にも認識できるし、他の動物でもそういう「つながり」の認識がないと獲物を獲得したり、子孫を残すべき相手も獲得できない。それらとの「つながり」を更に意識的に豊かにしていくのは勿論大切です。しかし、歴史との「つながり」の認識は、人間特有のもので意識的学習や研究によってしか獲得できないものです。そこで、そういう学習を前提に「半顧半望」の「つながり」計画学が必要では、と私は言っているのです。「半顧半望」とは、私の造語で、半信半疑、半学半遊、半公半私等に連なる言葉です。「半顧半望」による「つながり」の一例として、私は、京都のコーポラティブ住宅ユーコートは、現代寝殿造り型集合住宅ではないか、と言っています。丹下健三さん設計の広島平和記念公園にも寝殿造りの発想が見られるのでは、と最近、私は思っています。書院造は、現在でも座敷の造りとして続いているので分かりやすいのですが、寝殿造りの現物がないため、図面等から読み取れるエッセンスとしての建物配置、庭、遣り水や池の存在を、現代に読み替えてみると「つながって」いるのでは、と思えるのです。
 最近、全く別の発想で、人々との「つながり」を豊かにし、町づくりを活性化しようと藤田 忍さん(大阪市大)の誘いで、いわゆるSNS(Social Network System)の一つのmixiに参加し、「町づくり」関連のコミュニティにも試しに参加しています。「西山夘三」のコミュニティがなかったので作りました。文庫ともリンクできるようにしました。現在3人のメンバーです。良かったら皆さんも参加下さい。そして、各種「つながり」を豊かにしつつ、より良い「ジパング」を目指していきましょう。(2006年7月1日)