語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【中東】軍事的な解決策しか発想できない米国 ~また同じ失敗~

2015年03月28日 | 社会
 (1)かつてアルカイダは、ビン・ラディンの指導の下、米国とパキスタン、そしてサウジアラビアの支援を得て勢力を拡大した。その背景はアフガニスタン戦争だ。当時は延べ10万人ほどのイスラム戦士が世界中から集まっていた、とされる。あの戦争がイスラム勢力を本格的に武装化した。その状態が展開して現在に至り、「イスラム国」まで生み出した。
 ただし、アルカイダ以上に「イスラム国」は寄せ集めという側面が強い。
 アルカイダと「イスラム国」とでは、その成立過程がかなり違うが、世界中からイスラム戦士を集めて、司令部の指揮の下で団結させて戦うということは、そう簡単にできることではない。
 米国は今回、「イスラム国」に対して軍事的に対応しようとしているが、過去と同じ失敗を繰り返そうとしているのではないか。
 「イスラム国」は未成熟のテロ組織であり、内部に大きな問題を抱えていることも明らかだ。そのような組織が勢力を拡大する背景に、米国を始めとする欧米諸国に対するこれまでの不満が中東で渦巻いていることがある。軍事的対応だけだと彼らの怒りを先鋭化させ、さらに増殖させる可能性がある。この点に目を向けるべきだ。
 その米国の戦略に日本が同調していく中で、今回の人質事件が起きてしまった。そういう側面も見なければいけない。
 日本の中東への人道支援は、重要な意義を持っているが、それを米国主導の有志国連合という文脈の中に組み込ませるべきなのか。

 (2)「イスラム国」は自分の国を作って領域を拡大することだけを目的としていて、アルカイダなどと違って欧米先進国への攻撃に関心を持っていない点が特徴の組織だ・・・・と、世界中のアナリストが、米国による空爆が始まる直前まで言っていた。
 米国も、タリバンのそのような性格を知り、和平交渉は可能だと考え、実際に交渉を試みている。
 「イスラム国」も本来、米国まで攻撃に行く意志も能力もない。
 米国の権益の集まるイラク北部のクルディスタン地域に「イスラム国」の攻撃が始まったので、米国は動かざるを得なかった。ヤジディ教徒に対する人権侵害が甚大だった、ということもある。
 しかし、「イスラム国」の被害を受けているクルドへの支援にとどめていたら、状況はかなり違っていた。

 (3)米国は、これまでイラクで3回大きな失敗をしている。
  (a)イラク戦争。
  (b)イラクの戦後処理を中途半端にしたまま、投げ出すような形で2011年末に撤退した。米軍撤退後の混乱が予想されていたにもかかわらず撤退してしまい、「イスラム国」の勃興を招いた。
 米国内の世論の問題もある。もともとイラクへの軍事的関与については、オバマ大統領のみならず米国世論も慎重だった。しかし、米国人ジャーナリストが二人殺されたことで、米国の世論は大きく転換し、それまで40%に満たなかったイラクへの軍事的関与への支持は、事件後、70%にまで上昇した。かくして、8月にイラクへの空爆を開始、9月にはシリアに空爆を拡大した。

 (4)「イスラム国」拡大の背景には、「アラブの春」がシリア内戦に波及したことがある。
 シリアのアサド政権と対峙する勢力にサウジアラビアやカタールなどが強くテコ入れした背景には、イラク・シリア・イラン3国のパイプライン構想があった。3か国共同でパイプラインを建設し、ヨーロッパに石油天然ガスを供給するという計画に対し、自らの権益を脅かされることを恐れたサウジアラビアが反アサド勢力を支援した。
 一方で、イラクから米軍が撤退し、2006年からイラクで捕まっていたバクダディも2010年に釈放されている。米国がイラクの状況を軽視し、情勢を見誤っていたことは否定できない。
 マリキ政権は発足当日にスンニー派の副大統領の逮捕状を出し、副大統領はクルド人居住区に逃げている。イラクの破綻国家化は見えていた。にもかかわらず、米国は責任を放棄し、撤退してしまった。
 内戦状態に陥ったシリアも、破綻国家化していく中で、「イスラム国」の勢力が拡大していった。

 (5)現在、米国が打ち出している軍事的関与は、限定的な形だ。大量の地上部隊の投入は、オバマ大統領が大統領選で掲げた政策(イラク撤退)の誤りを自ら認めることになる。大量の部隊を長期にわたって展開することはない。
 3年間と期間を限定した上で、特殊部隊を、人質などの救出作戦と「イスラム国」指導部に対する直接攻撃やインテリジェンス目的に使う、としている。要するに、特殊部隊しか使わない、と。
 一方で、共和党の強硬派や軍部は、大量の部隊を一気に投入しないと制圧できない、という考え方だ。マケイン上院議員(共和党)は「シリア攻撃」も武力行使容認決議案に含めるべきだ、と発言している。
 軍事的な解決策しか発想できない点が、米国の限界だ。

□春名幹男×常岡浩介「イスラム国--問われる日本の中東政策」(「世界」2015年4月号)
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 【参考】
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【堤未果】「イスラム国」掃討と膨れあがる米の軍事費 ~いつか来た道~
【安保】「人質救出作戦」は「バカ派」の妄想 ~米軍ですら失敗~
【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(2)~
【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(1)~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【中東】安倍政権の「大失態」 ~「イスラム国」日本人人質事件~
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