語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【北欧】スウェーデンの社会秩序が揺らぐ ~移民政策促進~

2015年03月13日 | □スウェーデン
 (1)1996年ごろ、スウェーデンはまさにパラダイスだった。学費も出産もすべて無料で、「仕事も子育ても勉強も」バリバリできる環境が整っていた。
 当時は社会民主党政権下で、社会保障給付陽の対GDP比は50%を占め、児童手当などが国の事業として施行されてきた。このとき、国民に平等で良質の生活を保障する「社会福祉大国」スウェーデンは、確かに機能していた。

 (2)リーマンショック(2008年)をきっかけに、スウェーデン・モデルは明らかに揺らいでいる。
 2006年に政権に就いた穏健党は、教育や医療の民営化を次々に推進した。今、スウェーデンの学力は、OECD加盟国中、下から3番目に落ちた。病院の待ち時間も、加盟国中ほぼ最長という統計まで出る始末だ。
 この傾向を深刻化させたのが難民問題だ。

 (3)2013年9月、スウェーデン政府は「入国を希望するシリア難民全員を受け入れる」と発表した。一時的な滞在許可だけではなく、申請すれば永久権も得られ、家族を呼び寄せることも可能になる。シリア難民に永住許可を付与する欧州の国はスウェーデンが初めてだった。
 「現在スウェーデンは、各国のロールモデルとなっている。シリアでは何が起きているかは明らかで、社会が連帯して、責任をとる必要がある」と移民難民政策担当省の幹部は表明した。この結果、昨年スウェーデンに難民の地位を申請した人の数は8万人超となった。

 (4)欧州各国から流入する移民も激増している。街を歩けば、路上のホームレスやミニスカートをはいて立つ女性が目につく。
 住居や一定の手当を保障されている難民と異なり、同じEUから自由に流入できる移民は、職が得られなければホームレスになるしかない。女性の場合、路上に立つ人は減りつつあるが、インターネットを介した性交渉の取引が激増している。

 (5)難民・移民の受け入れは人口増に直結する。スウェーデン人口は、今や1990年代から100万人以上増え、975万人となった【注】。
 この“人口爆発”を維持する社会の負担は膨大だ。現在、25歳以下の若者の失業率は22.9%と北欧諸国で最も高い。失業者の多くは難民・移民が占める。この人口を支えるため、勤労者は毎年給与額の1か月分に当たる額を負担している、と言われている。
 昨年9月、社会民主党が政権を奪還した。マグダレーナ・アンダーソン・新財務相は、「われわれは1時間ごとに1,000万クローナ(1億5,000万円)を借り続けている。国庫は完全に空だ。減税の余地はない」と発言し、大幅な増税を示唆した。

 (6)移民問題の裏返しとして、力を持ち始めているのが、移民に対する排外主義だ。
 スウェーデン以外の北欧諸国では、反移民政策を唱える「ナチス的政党」が政権党と連立している。ノルウェーでは外国人の受け入れ制限を公約した進歩党が連立与党入りを果たし、デンマークでは外国人との結婚を制限する移民法を成立させた。
 スウェーデンでも「反移民」に傾斜する右派、スウェーデン民主党の支持率が年々上昇している。同党は、2014年9月の総選挙で大躍進し、今やスウェーデン第3の政党となった。

 (7)治安悪化の大きな部分は、流入する難民・移民によってもたらされている、と考える人は多い。その最も痛い部分を右派政党は衝いてくる。
 右派が繰り返し唱えるのは、「われわれの価値観を守ろう」というスローガンだ。
 同様に、欧州各国では「自国の労働者のための自国の仕事」とか、「移民の存在はネーティブ市民のリソースを消耗させる」などと訴え、経済社会不安の責任を難民・移民に帰そうとする動きが目立ち始めている。

 (8)今、とうとうスウェーデンでも「弱者の味方」たらんとしてきた一般の市民が、これまで内に秘め、封殺してきた排外主義を顕在化させ始めている。
 スウェーデン政治は、欧州内で「最左派」だった。全欧州で移民を排斥する極右政権が台頭する中、この傾向に根強く抵抗してきたのはスウェーデンの政治家と一般市民だった。
 だが、今は反移民の排外主義と、それに対する抵抗がせめぎ合いながら、全体としては右に傾斜し始めている。

 (9)その傾向に決定的な追い打ちをかけたのが、「イスラム国」の出現だ。「イスラム国」の台頭は、これまで「寛容な移民政策」を採ってきたスウェーデンのアイデンティティを大きく揺るがしている。
 スウェーデンからも、10~20代の若者が続々とシリアへ向かい、「ジハード」に参加している。1月下旬の報道では、スウェーデン人100人が「イスラム国」で戦闘に参加している、とされた。2月には、この人数が150~300人に増えた、とも言われる。
 スウェーデン公安警察によれば、これまでにスウェーデン国籍を持つ者の少なくとも32人が「イスラム国」における戦闘で死んだ。
 「イスラム国」の問題には、政治家が「われわれの価値観を守らなければならない」と繰り返し訴えている。
 ここで、「われわれ」から「イスラム国」とは全く関係のない普通のイスラム系一般市民が排除されている気配がある。これは、現在の欧州の動きの中で最も憂慮すべき点だ。

 (10)こうした動きの一方で、犯罪類型にも変化が見られる。
 従来の犯罪者のプロフィルは、ほとんどが自身や親がスウェーデン外にルーツを持つ移民や、失業中など社会から疎外された状況にある人たちだった。2月にコペンハーゲンで銃撃事件を起こしたオマル・エル・フセイン(22歳)はその典型だ。
 だが、2月21日に、そうした前提を覆す事件が起きた。雇用センターの職員が、新たに入国した移民を「イスラム国」に送り込むことに手を貸し、賄賂を受けていたことが判明したのだ。
 日本の職業安定所に当たる機関の、新たに入国した外国人の生活をサポートする課の職員が「イスラム国」に次々と移民を送り込んでいたのだ。
 この事件が国内社会に与えた衝撃は大きい。
 発覚すると、同センター長は、直ちにその部署を廃止し、全職員を解雇した。汚職に手を染めていたか否かに関係なく、その担当部署にいた全職員を馘首したのだ。
 このように、「イスラム国」の恐怖は、スウェーデンでは「他者」のラインを越えて「われわれ」の側に侵食している。
 「高度な福祉国家」は揺るぎ、「スウェーデン人らしさ」も失われつつある。
 その影響は、これまでの常識、秩序、体制や社会のあり方にも及んでいる。

 【注】ドイツの事情は、2015年3月9、10日に来日したメルケル首相が朝日新聞社主催の講演で語っている。

□みゆきポアチャ(スウェーデン在住ジャーナリスト)「移民政策促進で揺らぐスウェーデンの社会秩序 ~特集【Part3】高福祉国家の実像~」(「週刊ダイヤモンド」2015年3月14日号)
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