語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~

2015年01月24日 | ●佐藤優
 (1)2011年の「アラブの春」では、チェニジアから始まった民主化運動がエジプト、リビアに飛び火して、各国で長期独裁政権が倒れた。
 その後各国とも、国づくりが難航している。中東に民主化が広がるどころか、むしろ混乱が広がっている。
 2014年、リビアでは、ついに米国大使館員が首都トリポリにもいられない危険な状況になり、全員退避した。
 中東では、「春」の次にやって来るのは過酷な「夏」なのだ。

 (2)シリアでは、アサド政権と反政府勢力の内戦により、死者は数十万人を超えた。周辺国へ逃れた難民は280万人にのぼる。
 当初はバッシャール・アル=アサド大統領の独裁に対する民主化運動だったはずが、周辺国の思惑や反政府勢力内部の抗争で複雑化してしまった。もともとシリアでは、イスラム教シーア派系のアラウィ派のアサド一族が、国民の7割を占めるスンニー派の住民を抑圧する構造になっていた。
 アラブ世界は、イスラム教内の宗教的対立を抜きにしては考えられない。
 全世界のイスラム教信者は2つの宗派に大別される。
  (a)スンニー派(イスラム教信者の85%)・・・・代表国:サウジアラビア
  (b)シーア派(イスラム教信者の15%)・・・・代表国:イラン
 シリアのバッシャール・アル=アサド政権はアラウィ派によって成り立っている。
 アラウィ派が(a)だとされ始めたのはつい最近の、1974年ごろのことだ。それも、アラウィ派がレバノンのシーア派に認証を強いた結果だ。
 アラウィ派は、輪廻転生説が中心だ。シリアの北西部に神殿があり、そこにキリスト崇拝も加わっているが、何よりも特徴的なのは、基本的に同族結婚であること、あの地域は被差別民だということだ。
 シリアは、第一次世界大戦が終わった1918年、それまでの植民地支配から国際連盟の下でフランスが委任統治することになった。フランスは、現地の行政、警察、秘密警察まで、アラウィ派に担わせた。つまり、政治をすべて被差別民に任せた。多数派に統治させると独立運動などを起こしかねない、少数派ならばフランスへの依存から逃れないだろう、という計算がフランスにはあった。
 アラウィ派のアラウィとは「アリー」(第四代カリフ)に従う者という意味だ。アリーに従う者である以上、シーア派として認めてくれ、という理屈が成り立つ。
 しかし、イスラム本来の教義においては、人が死んだらこの世の終わりが来るまで地下で眠って待つ。終末のときに、死んだ人はみな土の中から蘇り、神の前で最後の審判を受けて天国へ行く者と地獄へ行く者とに分けられる。
 ところが、アラウィ派は輪廻転生を認めいて、現世で悪いことをすると犬畜生に生まれ変わることもあるという、ヒンズー的、仏教的な、いかにもアジア的な要素が入っている。だから、スンニー派としては、イスラム教として認めがたい。しかし、レバノンやイランが、あえて少数派ゆえにシーア派と認定して勢力を拡大しようとしている。シーア派の中では、アラウィ派は認めない勢力もあるが、周辺地域への影響力を維持したい政治的な思惑もあって、一応シーア派として認定している(現状)。

 (3)シリアには野党勢力がない。これがシリア問題の第二のポイントだ。
 一連の「アラブの春」では、ほとんどの国で、「ムスリム同胞団」の名が唱えられた。「ムスリム同胞団」はエジプト出自の組織だ。創始者はハサン・アル=バンナ(エジプトの中学教師)。彼が1928年に創始した。みんなが平等なイスラム国家を建設しよう、と「ムスリム同胞団」をつくり、彼の思想が広がって、中東諸国に「ムスリム同胞団」系の組織ができた。その組織の中から過激派も生まれた。
 1981年、「ムスリム同胞団」はサダト大統領暗殺事件を起こし、サダトの跡を継いだムバラク大統領によって非合法化され、徹底的に弾圧された。それ以降、「ムスリム同胞団」は地域の医療活動や慈善活動の団体として、かろうじて生き延びてきた。それが、「アラブの春」で一気に表に出てきたのだ。
 その「ムスリム同胞団」が、シリアにはいない。かつてはいたが、バッシャール・アル=アサド・現大統領の父親のハーフィズ・アル=アサド・前大統領が皆殺しにしたのだ。1982年、ハマ市(首都ダマスカスの北200km)で、「ムスリム同胞団」が武装蜂起した。その数20,000人。2.000万人余のシリア人口の0.1%もの大きな数字だ。
 バッシャール・アル=アサド・現大統領は、本来は英国に留学経験もある眼科医者で、インテリだ。兄バーセルが事故死(1994年)したため、無理やり父親の後継大統領にされた。宗派の対立を超えて国民的和解が必要だ、と夫人をスンニー派から貰った。スンニー派の金持ちたちを味方につけ、軍の要職にも少しスンニー派を入れた。
 だが、こうした努力も虚しく、やはりうまくいかなかった。紆余曲折を経て、結局毒ガスを使うことになった。

 (4)フランスや英国は、シリアに反体制派がないと都合が悪い、というので適宜反体制派をつくろうとした。しかし、適当な勢力がない。
 (3)の「ムスリム同胞団」の蜂起は、シリアでは少数派であるアラウィ派のアサド政権が、多数派のスンニー派住民を抑圧してきたので、スンニー派が自由を求めて決起した形だ。
 アサド政権がこれを弾圧すると、政府軍の幹部の中にも、自国民を殺すのは嫌だ、という人たちが出て離反し、「自由シリア」軍をつくって内戦状態になった。
 そこにスンニー派国家(サウジアラビアやカタール)が支援を大きく入れて、反政府勢力が豊富な資金と軍事物資を持つようになった。その「自由シリア軍」と政府軍がぶつかり合っているところに、レバノンからシーア派の過激組織「ヒズボラ(神の党)」がアサド政権の支援に入って、一気に政府側が盛り返した。
 サウジアラビアとカタールも、シリアに自前の反体制派を抱えていたが、最終的には、そこへアルカイダ系の人たちが入り込んだため、ますます収拾がつかなくなった。
 こうした混乱状態につけ込んだのが、「イラク・シリアのイスラム国」(ISIS)、今の「イスラム国」(IS)だ。

□池上彰・佐藤優『新・戦争論』(文春新書、2014年11月20日)の「第4章 「イスラム国」で中東大混乱」
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 【参考】
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