語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~

2015年01月16日 | 批評・思想
 労働条件は、働く側の圧力がなければ向上しないし、貧困は見て見ぬふりをしていると深刻化する。ピケティの論は、そんな現実を無視した政治的無為に対し、経済学の数式を通して発せられた警告だ。

(1)経済成長より外的ショック
 (a)第二次世界大戦後から1970年代まで、格差の縮小傾向が続き、平等と安定化が進んできた。
 (b)戦後の経済学の主流は、(a)の原因について、「経済成長によって自律的に各層への分配が浸透し底上げが進んだことが原因だ」としてきた。
 (c)ピケティは、(b)の楽観論を打ち消した。「18世紀以降の長期的視野で見ると格差が縮まったのは第一次世界大戦から第二次世界大戦後の数年間までの例外的な時期だけだ」とし、「基本的には格差は拡大を続けている」と指摘した。
 (d)格差が拡大し続ける理由は、 r(資本収益率)が賃金などの所得伸び率を上回る傾向があるので、放っておくと資本どんどん蓄積され、資本を持っている層と資産がない層との格差が開いていくからだ。
 (e)資産の多くは相続を通じて特定の層に偏って蓄積されていく。
 (f)(a)の時代だけ格差縮小期となったのは、外的ショック(第一次世界大戦、ロシア革命、世界大恐慌など)のせいだ。
 (g)格差を是正するには成長だけでは難しく、何らかの外的ショック(資本の増大を抑えるための資本への累進課税)が必要だ。
 (h)グローバル化の今日、世界が一斉に累進的な「世界的資本税」を採用する必要がある。

(2)格差から総貧困へ落ち込む日本
 (a)ピケティの議論は日本に当てはまるのか。・・・・「社会実情データ図録」は、単身世帯を除く全世帯を対象とした家計調査から低所得層20%に対する高所得層20%の所得倍率の推移をはじき出したグラフを掲載している。それによれば、1960年代前半に5.7倍程度だった倍率は、高度成長期で低所得層の賃金が上昇するにつれて下がっていき、1972年に4.0倍まで下がって底を打ち、第一次オイルショック(1973年)から上昇傾向に入る。そして、1980年代のバブル経済の資本高による格差拡大をはさんで1999年には5倍近くにまで拡大していく。ピケティの論を借りれば、戦争の終了時から再開した資本の集積が、1980年代バブルを経て所得の格差として表面化していったのだ。
 (b)ところが、「格差拡大政権」と呼ばれた小泉政権の下では、この倍率はむしろ縮小している。雇用面での「構造改革」が進んで中高年正社員の賃金水準が下落、ホワイトカラーのホームレス化が話題になり始める。この時期の格差縮小は、それまでの所得格差の主な原因と言われていた若者・女性社員と中高年社員との格差が縮小された結果だ(下方移動)。
 (c)2002年からの景気回復で、会社に残った正社員の賃金は持ち直した。
 (d)一方、非正規化の進展で低所得の非正規社員が働き手の3人に1人(今は4割近く)にまで広がり、その結果、格差は2006年からやや拡大傾向となる。
 (e)リーマンショックで景気が落ち込んだ2008年以降は、格差はやや縮小し、4.5倍程度で一進一退を繰り返し、現在に至る。
 (f)日本社会は今、正社員の削減と低賃金化による下方へ向けた格差の縮小と、非正規化による低所得層の広がりの中で、「格差なき多数の貧困化」へのm地を辿っている。
 (g)株や土地を持つ層が1980年代以降に目立ってきた。アベノミクスの金融緩和などによって株価が上がると、これらの層の所得が浮上して、格差を広げ、株価が下がると格差は縮まる。その複雑な総和が、数字でみれば格差はさほど広がっていないが、格差感は強まっているという現象を生んでいる。

(3)トップ層の報酬高額化と政治の変質
 (略)

(4)「格差批判はそねみ」の壁
 (略)

(5)ピケティの教訓
 (a)『21世紀の資本』は、現状に取り組むために必要なさまざまの姿勢を提示している。
   ①格差は自然にはなくならない、解決には何らかの力が必要だ、という事実の直視だ。「反貧困ネットワーク」でしばしば聞くのは、「貧困は直視せずに放置すると増大する」という言葉だ。放置しておいても成長が解決してくれたり、テクノロジーが解決してくれたりするという考えは、成長やテクノロジーが勝手に生きて動いているという考え方だ。しかし、成長もテクノロジーも、みな人間が動かしている。私たちが成長やテクノロジーを、格差や貧困を縮小する方向で動かさなければ、それらはそのような機能を果たさない。賃金も、収益が上がっただけで自然に上がるわけではない。労使交渉や、それこそ官邸の賃上げ要請による「官製春闘」なしでは、おいそれと働き手に還元されない。
   ②理屈でそれが必要だという結論に達したら、難しくてもそれを可能にする道を探そうとする姿勢だ。ピケティの「世界的資本税」について聞くと、誰もが最初は「そんなこと、できるわけがない」とのけぞる。ただ、ほかに有効な手立てがないなら、それを実現する方法を考えてみよう。できそうもないから諦める・・・・のは止めよう、というのがピケティの主張だ。効果も上がらないのに「できること」をやって疲弊していくやり方は変えるべきだ。
   ③「オール・オア・ナッシング」の発想に陥らないことだ。「米国とEUとの間で(中略)租税回避防止策や多国籍企業への課税など、税制の分野で協力できることはあると思います。資産を世界規模で把握することは、金融を規制するうえでも重要です。完璧な世界規模の課税制度をつくるか、さもなくば何もできないか、というオール・オア・ナッシングの進め方ではだめです。その中間に多くのやり方があります。一歩一歩前に進むべきです」【ピケティ、朝日新聞へのインタビュー】
   ④格差批判と「そねみ」との峻別だ。格差が極端に広がることは、社会の他の構成メンバーへの想像力や共感力を失わせ、貧困に対する有効な措置を阻んでいく。こうした格差のマイナスを明らかにし、その縮小へ動くための最初の一歩が格差批判なのだ。
 (b)格差社会とは、格差の上の方にいる人たちが、下の方の現実を無視して自分に都合のいい解釈を普及させることがええきる社会でもある。それを見抜く論理力と情報力が元めっれる社会に足を踏み入れている。
 (c)ピケティの「格差は放置すれば広がる」は、「格差は自然に縮小する」という」政治的無為の正当化を、数字による実証で押し返す試みだ。このような、まやかしを見抜く実証精神が今こそ問われている時はない。

□竹信三恵子「格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告としてのピケティ~」(「現代思想」2015年1月増刊号/総特集:ピケティ『21世紀の資本』を読む --格差と貧困の新理論」(青土社、2014)
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 【参考】
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~

   




 

   
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