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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~

2015年01月09日 | 批評・思想
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~

 本書の特徴は2箇所にある。
 (1)比較的簡単な道具立て【注】で、ビッグデータを処理し、過去200年の資本主義が格差を拡大する傾向にあることを実証することである(ただし、二度の世界大戦期を除く)。
 (2)資本主義の行き詰まりを解消するためには、国家が介入し、資本税を徴収することが所与の条件下では最も効率的であるということを説得することである。

 【注】資本主義の2つの基本法則(作業仮説)
   第一基本法則・・・・α(利潤シェア)=r(資本収益率)×β(資本所得比率)
   第二基本法則・・・・β(資本所得比率)=s(貯蓄率)/g(経済成長率)

 (1)については、ここではさて措く。
 ピケティは、経済学者として、事態を純粋に観察するという姿勢を取らない。政治経済学者として、問題を解決することに強い関心がある。
 ピケティが重要な処方箋として提示しているのが資本税の導入だ。資本税によって、富の公平配分を実施することを考えている。
 資本家は、資本税の徴収に対して、当然、激しく抵抗する。
 それに対抗して資本税を強制的に徴収することができるのは、暴力装置を合法的に独占する国家だけだ。
 国家は抽象的な存在ではなく、官僚によって運営されている。ピケティが想像するような資本税の徴収が行われる状況では、国家と官僚による国民の支配が急速に強化される。ピケティは、国家や官僚を中立的な分配機能を果たすと見ている。しかし、この見方は甘い。

 本書とマルクスの『資本論』を類比的に読もうとするのは不毛な試みだ。
 マルクスの『資本論』によると賃金は生産の段階で資本家と労働者の力関係で決まる。利潤の分配は資本家間の問題だ。
 これに対してピケティは賃金を利潤の分配の問題と考える。この点でピケティの発想はマルクスとまったく異なる。以下の記述を読めば、ピケティがマルクスとは、まったく異質な発想をしていることがわかる。

 <限界生産性や、教育と技術の競争という理論の最も自につく不具合は、まずまちがいなく1980年以降の米国に見られる超高額労働所得の急増を説明できないことだ。この理論にしたがえば、この変化は技能重視の方向に技術が向かった結果として説明できるはずだ。米国の経済学者の中にはこの主張を受け入れる者もいて、最上位の労働所得が平均賃金よりも急速に上昇したのは、単に独自の技能と新技術によってこれら労働者が平均以上に生産性を上げたためだと考える。この説明には、何やら堂々巡りじみたものがある(なんといっても、どんな賃金階層の盗みであっても、何か勝手な政術変化を想定すればその結果として「説明」できてしまう)。そしてこの説明には他にも大きな弱点があり、それゆえ私にはかなり説得力に欠けた主張に思える。
 まず前章で示したように、米国における賃金格差の増大は、主に分布の一番上に位置する人々、つまりトップ1パ ーセント、あるいはさらに0.1パーセントに対する報酬の増加に起因する。トップ十分位全体を見ると、「9パーセント」の賃金は、平均的労働者よりも急速に増えているが、「1パーセント」ほどではないことがわかる。具体的には、年に10万ドルから20万ドル稼ぐ人々の賃金は、平均と比べて少ししか早く増加していないのに対し、年に50万ドル以上稼ぐ人々の報酬は爆発的に増加している(そして年に100万ドル以上稼ぐ人々の報酬はさらに急増している)。このトップ所得水準内でのはっきりとした断絶は、限界生産性理論にとっては問題になる。所得分配における各種グループの技能水準変化に着目すると、教育年数、教育機関の選択、あるいは職業経験といったどんな基準を使っても、「9パーセント」と「1パーセント」の間に何らかの断絶を見出すのはむずかしい。能力と生産性という「客観的」 評価に基づいた理論が正しいなら、現実に見られるようなきわめて差の大きい増え方ではなく、トップ十分位内でだいたい同じくらいの賃上げが見られるはずだし、そうでなくともその中でのサブグループ同士で、賃金上昇にたいした差はつかないはずなのだ。
 誤解しないでもらいたい。私はカッツとゴールディンが明らかにした、高等教育と訓練への投資の明確な重要性を否定しているわけではない。米国、そしてそれ以外の国でも、大学教育へのアクセスを拡大する政策は、長い目で見れば必要不可欠だしとても重要だ。しかしそのような政策の価値がいくら高くても、1980年以降の米国における最上位所得の急上昇に対しては、限定的な効果しか持たなかったようなのだ。
 要するに、ここ数十年間は二つのちがう現象が作用していたわけだ。まずひとつはゴールディンとカッツが示した、大卒と高卒以下の所得絡差の増大だ。これに加えて、トップ11パーセントでは(そしてトップ0.1パーセントではさらに)報酬が急増した。これは大卒者、そして多くの場合その中でもエリート校で何年間も学び続けた人だけに見られる、きわめて固有の現象だ。量的には二つめの現象のほうが最初の現象よりも重要だ。特に前話で示したように、トップ百分位の儲けすぎによって、1970年代以降の米国国民所得におけるトップ十分位のシェア的大のほとんど(4分の3近く)を説明できるのだから。そのため、この現象について適切な説明を見つけることが重要になるが、どうもそこで注目すべきなのは教育的要素ではないらしい。>(326~327頁)

 トップ0.1%、1.0%が得ているのは、賃金ではない。資本家としての利潤だ。
 マルクス経済学の視座から見るならば、資本家間の利潤の分配が不均等になっているということである。ピケティは、<要約すると、長い目で見て賃金を上げ賃金格差を減らす最善の方法は、教育と技術への投資だ。結局のところ、最低賃金と賃金体系によって賃金を5倍、10倍にするのは不可能だ。そのような水準の達成には、教育と技術が決定的な効力を持つ。>(325~326頁)と強調する。

 ただし、米国のトップクラスの大学・大学院(1年の学費が500万円かかる)の出身者は、学生の時点で資本家の予備軍なのである。この人たちは、資本家として企業で働き、資本の利潤の中から分配を得るのである。
 これに対して、普通の大学教育を得た者を含む圧倒的大多数の労働者は、生産の段階で労働力商品の対価としての賃金を得るのだ。
 ピケティの分析では、労働者の賃金も資本家の利潤も共に分配論で処理されるので、資本主義の構造的問題がぼやけてしまう。

□佐藤優「トマ・ピケティ『21世紀の資本』の甘さ ~マルクスとは異質な発想、ぼやけた資本~主義の構造的問題」(WEBRONZA 2015年01月01日)
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 【参考】
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~