陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ものを食べる話 その4.

2006-03-06 22:48:41 | 
4.ともに食べる

わたしたちは人と食事をするときには、空腹を満たす以上のものを望む。おいしいものが食べたい。もちろんそれもあるだろう。
だが、それ以上に何かがあるはずだ。

バーバラ・キングソルバーの『野菜畑のインディアン』(真野明裕訳 早川書房)では、重要な場面では、たいてい人が集まって飲み食いしている。

「わたし」は二十三歳の女性。ひょんなことからチェロキー・インディアンの小さな女の子を預けられる。二歳ほどで、性的虐待を受けており、なんとか居留地から連れ出してくれるよう頼まれるのだ。お金もなく、持ち物といえば、フロント部分しかガラスがはまってない、おんぼろのフォルクスワーゲンだけ。その車のタイヤもつぶれ、彼女がたどりついたのが「ジーザス・イズ・ロード中古タイヤ店」。

マティはしばし考えこんだ。「五千マイル保証の、質のいい再生タイヤを、取り付け、バランス調整こみで六十五ドルに負けとくわ」
「どうするか考えてみなくちゃ」とわたしは言った。とても感じのいい相手だったので、タイヤを交換するだけの余裕がないとあけすけに言いたくなかった。
「こんな朝っぱらから悪いニュースじゃたまんないわよねえ。ちょうどコーヒーをいれかけてたとこなの。飲まない? こっちへきて掛けて。……ピーナツ・バター・クラッカーがあるのよ」とマティがタートルのほうへ身をかがめて言った。「この子ピーナツ・バターは食べるかしら?」……

マティがタートルにピーナツ・バター・クラッカーを一枚渡してやると、タートルは両手でぎゅっとつかんだ。クラッカーが粉々に割れ、タートルは目をいかにも悲しげに大きく見開いたので、泣き出すかと思った。
「いいのよ。それをお口に入れちゃいなさい。もう一つあげるわ。……その子、ジュースでもほしいんじゃないかしら? ピーナツ・バターを流しこむものがいるわよね」
「お気をつかわないで。そこの蛇口から水をくんでやるわ」
「ひとっ走りしてアップル・ジュースを持ってくるわ。すぐよ」……

「どうぞおかまいなく。ただでさえもうすっかりお手数をおかけしちゃってるんだから。実を言うと、わたし、今のところタイヤを二本どころか一本だって買う余裕がないの。とにかく、仕事と住むところが見つかるまで、しばらくは無理なの」わたしはタートルを抱き上げたが、タートルは今度はわたしの肩を茶碗で叩きつづけた。
「あら、気にしないで。あたしはべつに売りこもうとしてたわけじゃないんだから。あなた方二人にはちょっと元気づけが必要だなと思っただけよ」

もちろん人間には栄養やカロリーや水分が必要だ。けれども、それだけでなく、「ちょっとした元気づけ」が人を生き返らせることもある。

やがて「わたし」はこの中古タイヤ店で働くようになる。
マティは中古タイヤ店を経営する傍らで、エルサルバドルやグァテマラからのいわゆる「不法」難民をかくまい、難民の保護区をつくる「サンクチュアリ運動」をおこなっていた。そこでグァテマラ難民のエステバンとエスペランサのカップルと知り合う。ふたりにはタートルと同じ年頃の娘を、政治的な弾圧を受けるなかでさらわれた、という経緯があった。

「わたし」と、共同生活をしているルー・アンは、近所に住む二人の年輩の女性ミセス・パースンズとエドナ、そしてエステバンとエスペランサを集めて、食事会を開くことになる。

 ミセス・パースンズはこう言った、「で、この裸ん坊はその人たちの子? 野蛮なインディアンみたいに見えるけど」これはタートルのことを指していた。タートルはちゃんとシャツを着ているとは言えないまでも、裸ではなかった。
「わたしたちには子どもはいません」とエステバンが言った。エスペランサはほっぺたをぴしゃりとやられたような顔をした。
「わたしの子です。それに実は、おっしゃるとおり野蛮なインディアンなんですよ。さてお食事にしましょうか」……

 エステバンが包みを取り出した。中身は箸だった。……
「ああ、わたしが箸が好きなわけはね、中華料理屋で働いてるからです。わたし、皿洗いなんで」
「それは知らなかったわ。いつからそこで働いてるの?」とわたしは言い、同時に、エステバンのことをなにもかも知っているつもりでいるほうがどうかしていると思い知った。そもそも彼の生活全体が、実はわたしにとって謎なのだった。
「一ヶ月前から。勤めてる店の主人一家は中国語しかしゃべらなくてね。五つになる娘だけが英語を話せるんです。父親はその子にわたしのやるべきことを説明させている。幸い、その子はとても辛抱強い」

「そんなのはとんでもないことだと思う、とミセス・パースンズがぶつくさ言った。「いつのまにか世界じゅうの人間がこの国でチンプンカンプンなことをペチャクチャしゃべるようになって、しまいにゃここがアメリカだってことがわかんなくなるわよ」
「ヴァージィ、礼儀をわきまえなさいよ」とエドナが言った。
「だって、ほんとのことだもの。外人は自分の生まれた土地にじっとしてるべきよ。こっちへきて働き口を奪わないで」
「ヴァージィ」
 わたしはいても立ってもいられなかった。母に行儀をしつけられていなかったら、その意地悪ばあさんに、フォークを置いてとっとと出ていけと言っていたろうと思う。あんたの目の前にいるのは英語の先生よ、と怒鳴りつけてやりたかった。皿から蟹玉の食べ残しを洗い落としたり、五歳の子に指図されたりするためにこの国へきたわけじゃあるまいし。
 だがエステバンは動じたふうもなく、で、さだめし毎日のようにこういうことを言われつづけているにちがいない、とわたしは気づいた。
……

「おチビちゃん、一つお話をしてあげよう」とエステバンが言った。「これは南米の、野蛮なインディアンの、天国と地獄のお話だよ」ミセス・パースンズがつんと澄ました顔をし、エステバンはかまわずつづけた。「地獄へいくとね、この台所みたいな部屋があるの。テーブルにはおいしいシチューの入った鍋が置いてあって、えも言われないいい匂いがしてるんだ。まわりには、わたしたちみたいにぐるっと人が坐ってる。ところがその人たちは飢え死にしそうになってるんだよ。チンプンカンプンなことをペチャクチャしゃべってるんだけどね」彼はミセス・パースンズをひときわまじまじと見た。「でも神さまがこさえてくれた素晴らしいシチューを一口も食べることができないんだよ。さてどうしてかな?」
「喉が詰まっちゃってるのかしら、永久に?」とルー・アンが聞いた。……

「ちがう。いい線ついてるけど、ちがいますね。かれらが餓えてるのは、むやみと柄の長いスプーンしか持ってないからです。あれぐらい長い」彼はわたしが片づけ忘れたモップを指した。「こういう馬鹿げた、おっそろしいスプーンじゃ、地獄の人たちは鍋に先を突っこむことはできても、食べ物を口に入れることはできやしない。ああ、どんなにおなかがすくことか! かれらはどんなに悪態をつき、互いに罵り合うことか!」彼はまたヴァージィを見ながら言った。話すのを楽しんでいた。

「さて、天国を見に行ってごらん。どうかな? 地獄のとそっくりの部屋があり、同じテーブル、同じシチュー鍋、スポンジ・モップと同じくらい長いスプーンがある。ところがこの人たちはみんな満ち足りて太ってる」
「ほんとに太ってるの、それとも栄養十分ってだけのこと?」とルー・アンがこだわった。
「栄養十分てだけ。申し分なく、みごとに栄養十分で、すっかり満ち足りてる。どうしてだと思う?」

 彼はひと切れのパイナップルを自分の箸でいとも器用につまみ上げ、はるかテーブル越しにタートルに差し出した。タートルは生まれたての雛鳥のようにぱくっと口に入れた。

そう、ともに食べるというのは、分かち合うということなのだ。

(明日最終回)