(※タイトルを「生意気な少年」と改めます。"freshest"をどう訳すか、いろいろ悩んだのですが、やはりこちらの方が適切のようなので)
その3.
II
ベイジルが手紙を封筒に入れたちょうどそのとき、小柄でしなびたような少年がひとけのない自習室に入ってくると、すわっているベイジルをじろじろと見た。
「よぉ」ベイジルはしかめっつらでそう言った。
「探してたんだ」小柄な少年はゆっくりと相手を見定めるように言った。「あっちこっち探したよ――おまえの部屋も、体育館もな。そしたら、こっそりここに入りこんでるんじゃないかって教えてくれた人がいたんだ」
「何か用?」ベイジルはつっけんどんな声を出した。
「カリカリすんなよ、ボス」
ベイジルが勢いよく立ちあがったので、小柄な少年は一歩あとずさりした。
「いいよ、なぐりたきゃなぐれよ」少年は神経質そうな高い声を出した。「なぐったらいいよ、ボス。こっちは背が半分しかないチビなんだから」
ベイジルはひるんだ。「そんなふうにおれのことをまた呼んだら、ほんとにひっぱたいてやるからな」
「そんなことはできないね。ブリック・ウェールズがね、君がもし、ぼくらのうちの誰がに手を出そうもんなら――」
「だけどおれはおまえたちの誰にも、手なんて出したことがないじゃないか」
「前に追いかけたじゃないか。それにブリック・ウェールズが……」
「おい、それより何の用があるんだ」ベイジルはうんざりして大きな声を出した。
「ドクター・ベイコンが用があるんだって。ぼくに、探してくるようにって。君はここにこっそり来てるかもしれない、って教えてもらったんだ」
ベイジルは手紙をポケットに入れると、部屋を出た――小柄な少年と、その口からあふれでる悪態が、ドアから追いかけてきた。ベイジルは長い廊下を反対側に渡った。男子校特有のむっとする臭気が鼻を突く。かびたキャラメルの臭いというのが、一番ふさわしい形容だろうか。
ドクター・ベイコンは机に向かっていた。整った顔立ちをした、赤毛の監督派教会の牧師で、五十歳になる。もともと少年たちに対しては、真剣に関わっていたのだが、それもいまでは、人をまごつかせるほどの皮肉のせいで、すっかりわかりにくいものとなってしまった。それも校長という校長が陥る宿命であり、彼らに生える青カビのようなものなのだった。
ベイジルに、すわりなさい、と言う前にも、一連の予備行動があるのだ。まず、金縁メガネをどこからともなく取りだした黒いヒモで持ち上げて、ベイジルをのぞき込み、名を騙っているのではないかと確かめる。それから机の上に積んである書類の山を、すっかり混ぜこぜにするのだ。それも何かを探しているのではなく、トランプを神経質にシャッフルするかのように、それを行うのである。
「君のお母さんから、今朝、手紙をもらったよ――ええと、ベイジル君」名前の方で呼ばれると、ベイジルはびくっとするようになっていた。学校ではまだ誰も、ボスやリー以外の呼んでくれる者はいなかった。
「お母さんは、君の成績が芳しくないと思っておられるようだな。君がここに来るためにはある種――まあ、その、犠牲といったらいいか、とにかくそうしたものを払われたそようだね。だから、お母さんが期待するのも……」
ベイジルの心は、自分の成績が悪いことではなく、経済的な理由でここにふさわしくないということをあからさまに口にされたために、恥ずかしさではらわたがよじれそうになった。金持ちの男子校の中で、自分が一番貧乏な生徒であることを、彼はよく知っていた。
(この項つづく)
その3.
II
イーチェスター セント・リージス校
19--年11月18日
お母さんへ
今日は書くほどのニュースはないので、お小遣いのことを書きます。ほかの生徒はみんな、ぼくよりたくさんのお小遣いをもらっています。ぼくには買わなければならないもの、たとえば靴ひもとかそんなものがたくさんあるんです。
学校は、相変わらずとてもいいところで、毎日楽しく過ごしていますが、フットボールシーズンが終わったので、やることもあまりありません。今週はショーを見にニューヨークへ行く予定です。一体何を見るのか、まだわかりませんが、おそらく『クワッカー・ガール』か『リトル・ボーイ・ブルー』だと思います。どちらも評判がすごく良いから。
ドクター・ベイコンはとてもいい人で、村の方にも立派なお医者さんがいます。代数の勉強をしなければならないので、筆を置きます。
あなたの愛しい息子
ベイジル・D・リー
ベイジルが手紙を封筒に入れたちょうどそのとき、小柄でしなびたような少年がひとけのない自習室に入ってくると、すわっているベイジルをじろじろと見た。
「よぉ」ベイジルはしかめっつらでそう言った。
「探してたんだ」小柄な少年はゆっくりと相手を見定めるように言った。「あっちこっち探したよ――おまえの部屋も、体育館もな。そしたら、こっそりここに入りこんでるんじゃないかって教えてくれた人がいたんだ」
「何か用?」ベイジルはつっけんどんな声を出した。
「カリカリすんなよ、ボス」
ベイジルが勢いよく立ちあがったので、小柄な少年は一歩あとずさりした。
「いいよ、なぐりたきゃなぐれよ」少年は神経質そうな高い声を出した。「なぐったらいいよ、ボス。こっちは背が半分しかないチビなんだから」
ベイジルはひるんだ。「そんなふうにおれのことをまた呼んだら、ほんとにひっぱたいてやるからな」
「そんなことはできないね。ブリック・ウェールズがね、君がもし、ぼくらのうちの誰がに手を出そうもんなら――」
「だけどおれはおまえたちの誰にも、手なんて出したことがないじゃないか」
「前に追いかけたじゃないか。それにブリック・ウェールズが……」
「おい、それより何の用があるんだ」ベイジルはうんざりして大きな声を出した。
「ドクター・ベイコンが用があるんだって。ぼくに、探してくるようにって。君はここにこっそり来てるかもしれない、って教えてもらったんだ」
ベイジルは手紙をポケットに入れると、部屋を出た――小柄な少年と、その口からあふれでる悪態が、ドアから追いかけてきた。ベイジルは長い廊下を反対側に渡った。男子校特有のむっとする臭気が鼻を突く。かびたキャラメルの臭いというのが、一番ふさわしい形容だろうか。
ドクター・ベイコンは机に向かっていた。整った顔立ちをした、赤毛の監督派教会の牧師で、五十歳になる。もともと少年たちに対しては、真剣に関わっていたのだが、それもいまでは、人をまごつかせるほどの皮肉のせいで、すっかりわかりにくいものとなってしまった。それも校長という校長が陥る宿命であり、彼らに生える青カビのようなものなのだった。
ベイジルに、すわりなさい、と言う前にも、一連の予備行動があるのだ。まず、金縁メガネをどこからともなく取りだした黒いヒモで持ち上げて、ベイジルをのぞき込み、名を騙っているのではないかと確かめる。それから机の上に積んである書類の山を、すっかり混ぜこぜにするのだ。それも何かを探しているのではなく、トランプを神経質にシャッフルするかのように、それを行うのである。
「君のお母さんから、今朝、手紙をもらったよ――ええと、ベイジル君」名前の方で呼ばれると、ベイジルはびくっとするようになっていた。学校ではまだ誰も、ボスやリー以外の呼んでくれる者はいなかった。
「お母さんは、君の成績が芳しくないと思っておられるようだな。君がここに来るためにはある種――まあ、その、犠牲といったらいいか、とにかくそうしたものを払われたそようだね。だから、お母さんが期待するのも……」
ベイジルの心は、自分の成績が悪いことではなく、経済的な理由でここにふさわしくないということをあからさまに口にされたために、恥ずかしさではらわたがよじれそうになった。金持ちの男子校の中で、自分が一番貧乏な生徒であることを、彼はよく知っていた。
(この項つづく)