その2.
ホローでは、おびただしい数の若草色と血のような赤のランタンが、けぶったような光を男たちに投げかけていた。集まった男たちは雑貨屋の店先に腰を下ろして、ひそひそ話をしたり、唾を吐いたりしている。
彼らには、ギーギーガタガタとチャーリーの荷馬車がちかづいてくるのはわかっていたが、荷馬車の停まる音がしても、さえない色合いの髪におおわれた頭がそちらを振り向くことはなかった。ちらちらと光る葉巻の火はホタルさながら、さざめく声は夏の夜のカエルのようだ。
チャーリーはいそいそと身を寄せていった。「よお、クレム! よお、ミルト!」
「ほい、チャーリーがおいでなすったぞ」ざわめきの中から声があがったが、政治談義は一向に止む様子もない。チャーリーは、言葉がとぎれるのを待って、そこに割りこんだ。
「ちょいとしたものを手に入れたんだ。おまえらが見たくなるような!」
雑貨屋の張り出し玄関にいたトム・カーモディの目が、緑のランタンの光を受けて、ぎらりと光った。トム・カーモディときたら、いつだってポーチの暗いところだとか、木陰だとか、かりに部屋にいたとしても、一番隅っこの暗いところから、目を光らしているんじゃないか、とチャーリーは思った。あいつがどんな顔をしているか、ちっともわからなくても、やつの目はいつも人をからかうような色を浮かべている。それでいて、こっちを見る目つきも、おもしろがるようすも、絶対に同じじゃない。
「おれたちが見たいものなんて、おまえに手に入れられるわけがねえじゃねえか、このスカタンが」
チャーリーはぐっと拳を握りしめたが、例のものに目を遣った。「ビンの中にある」彼は続けた。「脳みそみたいにも見えるし、クラゲの酢漬けみたいにも見えるし、それから……ええと、まあとにかく自分の目で見てくれ!」
中のひとりが葉巻のピンクになった灰を落としてから、ぶらぶらと見にやってきた。チャーリーはもったいぶったようすで、取ったビンの蓋を高々と掲げる。すると、揺れるランタンの光の下、男の表情がさっと変わったのがわかった。
「おい、こいつは……こいつはいったい何なんだ?」
これを機に、その夜が動き出した。ほかの面々もだらけていた上体を起こして、身を乗り出す。重力に引き寄せられたかのように、そちらに近づいていった。意識もしないまま、脚が勝手に前に出る。前のめりに倒れまいとすれば、そうするしかないのだ。面々はビンとその中味のまわりを取り囲んだ。するとチャーリーは、生まれて初めて秘密の戦略というものを理解した。そうしてガラスの蓋をパチンと閉めてしまった。
「もっと見たけりゃ、おれんちへ来い! 家に置いとくから」と太っ腹なところを見せた。
トム・カーモディはポーチからペッと唾を吐いた。「けっ」
「もいっかい見せろよ!」メドノウのじいさんが怒鳴った。「ありゃ、タコか何かか?」
チャーリーは手綱を引いた。馬がよろよろと走り出す。
「ウチへ来な! 歓迎するぜ!」
「かみさんが黙っちゃないぞ!」
「俺たちみんな、かみさんに蹴り出されるさ!」
だがチャーリーを乗せた荷馬車は丘を越えて行ってしまった。男たちはみんな、突っ立ったまま、押し黙り、暗い道を目を細めて眺めていた。トム・カーモディひとりが、ポーチから低い声でののしりの言葉を口にした……。
(この項つづく)