陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ 『ハツカネズミ』 その1. 

2005-04-30 20:51:10 | 翻訳
サキ 『ハツカネズミ』 その1.

ひきつづき、サキの短編『ハツカネズミ』をお送りします。
原文はhttp://www.classicshorts.com/stories/mouse.htmlで読むことができます。

***

 幼いころから中年にいたるまで、セオドリック・ヴォラーは息子を盲愛する母親の手で育てられた。その母親がずっと配慮してきたのは、自分が「薄汚い世間の現実」と呼ぶものから、息子をなんとしてでも庇ってやらなければ、ということだった。母親が亡くなり、相も変わらず現実的で、セオドリックからすれば不必要なまでに薄汚いと感じられる世間に、たったひとり残された。

セオドリックのような気性と育ちかたをした人間は、ただ汽車に乗って旅行するというだけでも、ちょっとしたことで苛立ったり、気分を害したりを繰り返す。だから九月の朝、二等車の客室に落ち着いたときも、自分が落ち着かず、なにがなしうろたえていることに気がついていた。

それまで田舎の牧師館に滞在していたのである。牧師館の人々は、確かに粗暴な振る舞いをするわけでも、酒を飲んで騒ぐわけでもなかったが、家内の切り盛りに対する監督はだらしなく、先行き大変なことになりかねないものだった。

セオドリックを駅まで乗せて行くはずの、ポニーが引く馬車の準備がろくにできていなかったのだ。出発間際になって、必要なものを整えてくれるはずの下男は、どこにも姿が見えない。緊急事態ということで、セオドリックは口にこそ出さなかったが、内心ムカムカしながら、牧師の娘と一緒に、ポニーに馬具をとりつけなければならなくなり、そのため、厩と呼ばれている、薄暗い小屋の中を手探りする羽目になったのだった。そこは確かに厩にふさわしい臭気のたちこめるところだった。ただし、いたるところ、ハツカネズミくさいのを除けば、の話ではあるが。

ハツカネズミを怖がっているわけではなかったが、世間につきものの薄汚いものぐらいに考えていて、神の摂理がほんのすこしでも働いていたなら、とうの昔にいなくてもすむ生き物だとみなされて、はびこることもなかっただろうに、と思わないではいられなかった。

(この項続く)

サキ 『開いた窓』 最終回

2005-04-28 19:27:31 | 翻訳
フラムトンは、微かに身を震わせると、お気の毒なことです、事情は察していますよ、という表情を浮かべて、姪のほうを向いた。ところが娘は開いた窓の向こうを、恐怖を浮かべた目を見開いて、呆然と見つめている。フラムトンは背筋の凍るような、なんとも名状しがたい怖ろしさを感じ、椅子にすわったまま振り返ってそちらに目をやった。

徐々に暮れていく薄闇のなかを、三つの影が、芝生を横切って窓のほうに近づいてきた。みな、小脇に銃を抱え、なかのひとりは白い雨合羽を肩にかけている。そのあとについてくるのは、疲れたようすのスパニエル犬だ。一行はしめやかに近づいてくる。突然、夕闇をついて、若々しいだみ声が歌うのが聞こえてきた。
♪ほら、バーティ、おまえはなんで跳ねるんだ?

フラムトンはステッキと帽子をひっつかんだ。玄関の扉にも、小石が敷き詰められた小道や表門にも目もくれず、一目散に逃げ出したのだ。やってきた自転車は危うくぶつかりそうになって、何とか避けようと生け垣に突っ込んだ。

「いま帰ったよ」白い雨合羽をかけた男が、窓から入ってきてそう言った。「すっかり泥まみれになってしまったが、だいたい乾いたようだ。ここに入ろうとしたときに飛び出していったのは、誰なんだい?」

「なんだかおかしなかたでしたわ、ナトルさんとかおっしゃるの」サプルトン夫人は説明した。「ご自分の病気のことしかお話しにならないの。あなたが帰ってらしたっていうのに、挨拶もしない、失礼します、とも言わないまま飛び出していくなんて。なんだか幽霊にでも遭ったみたい」

「たぶんそのスパニエルのせいよ」と、そしらぬ顔で姪は言った。「犬がおっかないんですって。せんにガンジス河の河岸にあるどこかの墓地で、野犬の群れに襲われたらしいわ。そのとき、掘ったばっかりのお墓のなかで、一晩、過ごさなきゃならなかったんですって。頭のすぐ上で、犬が唸ったり、歯を剥いたり、泡を吹いたりしてたんだそうよ。だれだってそんな目に遭ったら、犬には神経を尖らせると思うわ」

とっさに物語を思いつくのが、この娘の特技だった。

The End

サキ 『開いた窓』 その2.

2005-04-27 19:15:48 | 翻訳
「たぶん、どうして十月だというのに、あそこの窓を開けっぱなしにしているんだろう、と不思議に思ってらっしゃるのでしょうね」
姪は、芝生に向かって開いている、大きなフランス窓を示した。

「この時季にしては暖かいですからね」とフラムトンは答えた。「でも、あの窓がなにかご不幸と関係がおありなんですか」

「ちょうど三年前の今日、あの窓を通って、伯母の夫とふたりの弟が狩に出かけていったのです。三人は戻ってきませんでした。荒れ地を横切って、お気に入りだったタシギの猟場へ向かっている途中、沼地の柔らかくなっていた場所に呑み込まれてしまったのです。あの年の夏は、雨ばかりだったでしょう、だから、いつもの年なら大丈夫なところが、なんの前触れもなしに崩れてしまったんです。三人の亡骸は、とうとう出てきませんでした。そのためにこまったことになったんです」

ここまでくると、娘の口調からは、例の落ち着き払った声音が消え、ためらいがちになった。

「気の毒な伯母は、いつか三人が帰ってくる、三人といっしょにいなくなった小さな茶色いスパニエル犬を連れて帰ってくる、そうして、いつもそうしていたように、あの窓を通って家の中に入ってくる、って、ずっと信じているんです。それで、毎晩毎晩、真っ暗になるまで、あの窓を開けっぱなしにしておくんです。

「かわいそうな伯母さん、あのひとはよくわたしにも三人がでかけたとき、どんなようすだったか話してくれるんです。伯父は白い雨合羽を腕にかけ、ロニーっていう下の弟は、『バーティ、どうしておまえは跳ねるんだ』という歌を歌ってたんですって。っていうのも、その歌は神経に障る、って伯母が怒るので、いつもふざけて歌ってたそうです。今日みたいに静かで穏やかな夕方には、ときどき、三人があの窓から入ってくるような気がして、思わず、ゾッとしてしまうことがあるんです」

娘はかすかに身を震わせて、話を切った。そこに伯母のほうが、ごめんなさい、遅くなってしまって……としきりに謝りながら、せかせかと部屋に入ってきたので、フラムトンは救われたような気がした。

「ヴェラがちゃんとお相手できてたら良かったんですが」

「大変楽しかったですよ」

「窓を開いたままにしていること、どうかお気になさらないでくださいましね」サプルトン夫人は明るい声でそう言った。
「主人と弟たちが、まもなく狩から戻って参りますの。いつもあの窓から入ってくるんですのよ。今日はタシギを撃ちに沼地へ行ったようですから、きっとあの人たちはここの絨毯を泥だらけにしてしまうんでしょうね。男性の方って、そうしたものでいらっしゃるんでしょう?」

サプルトン夫人は、狩のことや、獲物になる鳥があまりいないこと、この冬のカモ猟がどうなりそうかなど、楽しそうにぺちゃくちゃとしゃべり続けた。フラムトンからすれば、その何もかもが気持ち悪くて仕方がない。なんとか会話をすこしでも幽霊じみたものから引き離そうとしてはみたものの、あまりうまくいったとは言い難かった。気がつけば、夫人はフラムトンにはおざなりな意識をときおり向けるだけ、彼を通り越して、開いた窓とその先の芝生の方ばかり見ている。よりにもよって、こんな悲劇が起こった日に来合わせるとは、なんと間が悪い話なのであろうか。

「複数の医者が、ぼくが完全な休養を取り、興奮を避けて、激しい運動のいっさいを控えるように、ということでは一致しているのです」とフラムトンは話した。まったくの他人や、偶然知り合った見ず知らずの相手は、ひとの病気やその原因、治療について、根ほり葉ほり聞きたがる、という誤解があまねく世間には行き渡っているけれど、フラムトンもせっせとその勘違いを実践していたのである。
「それが食餌療法のこととなると、まったく統一的な見解というものはないのですから」

「そうなんですの」サプルトン夫人は、出かけたあくびをやっとかみ殺してそれだけ言った。突然、夫人の顔は、なにごとかに注意を引かれて、ぱっと輝いた――フラムトンのことばではない。

「ようやく帰ってきたんです!」大きな声でそう言った。「ちょうどお茶に間に合ったわ。目のあたりまで泥まみれじゃありませんんか!」

(次回最終回 目の当たりまで泥だらけ? フラムトンの運命や、いかに?!)

サキ 『開いた窓』 その1.

2005-04-26 21:36:37 | 翻訳
今日からサキの短編をいくつか訳してみたいと思います。
まず『開いた窓』から。
原文はhttp://mbhs.bergtraum.k12.ny.us/cybereng/shorts/openwin.htmlで読めます。


***

「まもなく伯母も降りてまいりますわ、ナトル様」ひどく落ち着いた雰囲気の15歳の少女が言った。
「それまでどうかわたくしで我慢してくださいませね」

フラムトン・ナトルは、やがて来るであろう伯母さんに失礼にならないように、さしあたって、この姪のご機嫌を損ねないよう、せいぜい何か適当なことを言うことにしようと考えていた。内心では、見も知らぬ他人をつぎつぎに、形ばかり訪問することで、神経衰弱が回復する助けにどれだけなるのだろうか、と、これまでにも増して疑問に思っていたのだが。

「どうなるかわかりきってるわ」
フラムトンが、この辺鄙なところにある別荘に移る準備をしていたころ、姉は言ったものだ。
「そこに引っ込んでしまって、人間とは一切話さなくなるのよ。そうやってふさいでしまって、神経の方もどんどん参ってしまうわよ。そこの知り合いという知り合いみんなに、紹介状を書いてあげることにするわ。すごくいい人だって何人もいたのを覚えてるから」

これから自分がその紹介状を渡そうとするサプルトン夫人が、すごくいい人の部類に属しているのだろうか、とフラムトンは考えていた。

「このあたりには、知り合いの方がおおぜいいらっしゃいますの」
黙ったままでお互いをうかがうのはもうたくさん、と判断したらしい姪がたずねてきた。

「ひとりもいません。四年ほど前、姉がここの牧師館に滞在していたことがあったんです。それで、このあたりにいらっしゃる方々に、紹介状を書いてくれたんです」

いらないことをしてくれた、というのがありありと感じられるような調子で、最後のことばは口にされた。

「あら、だったら伯母のこと、あまりよくご存じじゃないのね」
落ち着いた物腰の娘が、たたみかけるように聞いてきた。

「お名前とご住所しか」
サプルトン夫人が結婚しているのか、それとも未亡人なのかもわからなかった。なんとなく、この部屋からは男性の存在を感じさせるものがあるようには思ったが。

「ちょうど三年前、大変な悲劇が伯母を襲ったんです。お姉さまがここを引き払われたあと」

「大変な悲劇ですって?」こんな平和な田舎に、大変な悲劇とは、なんだか場違いのような気がした。

(この項つづく)

英会話教室的日常 最終回

2005-04-22 18:43:47 | weblog
第11景:英会話教室的日常

アズマさんがバイトにやってくると、デイ・タイムの授業を終えた講師たちの話す声が聞こえてきた。

"モスバーガーってうまいよなぁ"
"アメリカだったらレストランのハンバーガーには負けるけど、ふつうのハンバーガーチェーンだったらどこよりもうまいだろうね"
"照り焼きチキンは食べたことがある? あれ、すっごくおいしいのよ"
"アメリカに帰ったら、恋しくなるだろうな"

"うまいって言ったらヤキソバだな。日本食の中ではヤキソバが一番好きだ"
"テンプラやサシミなんかより、ヤキソバやヒヤシチューカの方がうまいよな"
"おまけにジャンクフードがどれもおいしい!"
"ポテトチップスの味の種類が少ないのは不満だけど"
"ポテトチップスとトルティーヤチップスはアメリカンフードだからね"
"プリッツって知ってる? あれのバターテイスト、もう愛しちゃってるよ。アメリカへ帰る時は絶対段ボール一箱分買って帰るつもりなんだ"

"なんか腹減ってきたな~"
"こんなことやってるから太るんだよ"
"学生の頃、タバコ吸ってて、がりがりに痩せてたんだ。それから就職して、タバコ止めて、キャンディとかチョコレートとか食べる癖がついた。日本に来て、またタバコ吸うようになってさ、なのにジャンクフードがうまいもんだから、前よりずっと食べるようになった"
"モスバーガーへ行って、何か買ってくるよ"
"オレのも"

代表で買いに行くことになったダニエルが
"アズマ、コーヒー飲みたい? 一緒に買ってきてあげようか"
と誘ってくれる。

ダニエルが戻ってきて、みんなでコーヒーブレイクをしているところに入ってきたアレックス。
"やあ、みんな。今日も死んだ牛なんか食ってるのかい?"

アレックスは厳格なベジタリアンだった……。


本部から上田さんがやってくる。
仕事の話が一区切りついて、アズマさんは
「お子さんはみなさんお元気ですか?」と聞いてみる。

「二番目がいま、熱出してる」と上田さんは憂鬱そう。
「それは心配ですね」
「どうせ風邪やからそっちはええねん」それから深い深い溜息に続いて陰気な声。
「三月の確定申告のときにな、医療控除申請しよ、思て、領収書、全部集めて計算してん。小児科かかっただけで三十万越えとったわ。病院までのマイレージサービスゆうのんがあったら、一家全員ディズニーランドぐらい行ける、て思たな。病院にはなんで『お得意様ご優待制度』てないんやろな。ポイント溜めたら、車がもらえる、とか」

いまを去ること数年前、世紀が変わろうとするころのこと、上田さんは重大な選択を迫られた。
家にはすでに五歳、四歳、二歳と三人の男の子がいた。
そこで奥さんから、どうしても女の子がほしい、と言われたのだ。
上田さんは考えた。家に女の子がいるのもいいかもしれない。数ヶ月後、おなかの赤ちゃんは双子だと判明した。その年の暮、二人の新世紀ベビーが誕生した。男の子だった。
噂では、ローンで買ったマンションも、すでにふすまは外枠しか残っておらず、壁には、ネコ穴ならぬコドモ穴が開けられているらしい……。

「子どもがおる、ゆうたらみんな'お子さんは何人'て、聞くねん。'五人'て答えたら、みんな笑うねん。こっちはなんもおかしいことないっつうの」

上田さん、相変わらずカッコイイなー、とても五人の子持ちには見えないなー、と後ろ姿を見送るアズマさん、だが、上田さんのスーツの肘のあたりには、カラカラになったご飯粒がこびりついていた……。


「アズマっ、来て! なにごとかが起こりました!」

クレアの呼ぶ声に、アズマさんは教室に飛んでいく。
みんなの視線の先をたどっていくと、壁には巨大なゴキブリが!
何かないかな、とあたりを見回すと、生徒さんが持ってきたコンビニの袋が目に留まる。中味を出してもらって、袋を左手に、右手にはクレアからもらったルーズリーフ。靴を脱いで机に上がると、そーっとルーズリーフですくって、ポリ袋のなかに捕獲成功。一同の拍手喝采を浴びる。

戻ってみると、受け付けには入会希望者が。
カウンターの向こうでは、フレッドが
「チョトマテクダサイネ~」
と、にこやかに対応している。フレッドがデートに誘うジョークを言い出す前に、あわててカウンターの向こうに戻るアズマさん。ゴキブリの入った袋をフレッドに
“これ、捨てておいて”と渡す。

書類に必要事項を書きこみながら、教室の説明をしている最中、
教室からダニエルが顔を出し
“アズマ、'you bet!' は日本語でなんて言うの?”と聞いてくる。
「そのとおり!」と怒鳴ってやるが、それでは通じないときもあるなぁ、と一瞬思い、目の前のびっくりしている希望者に
「すいません、どこまで話、しましたっけ」と謝る。

書類に記入しながら
「まりえ、ってどういう字ですか」と名前を聞く。
「ましゅうこの“ま”に、利益の利、それから枝です」
……ましゅうこ、ましゅうこ、ましゅうこってなんだっけ……。
冷や汗をかくアズマさんの隣に
「マシューコ、ホッカイドーデスネー。イッタコトアリマスー。ホッカイドー、らいおんイマスカ?」
とにぎやかにフレッドが戻ってきた。


こうしてアズマさんのバイトの日々は続いていく。

それでは、今回はこのくらいで。またどこかでお会いしましょう、とアズマさん。

(この項おわり)

英会話教室的日常 その9.

2005-04-21 22:04:06 | weblog
第10景:血液型はなんですか?

フレッドが一枚の紙を仕事をしているアズマさんのところへ持ってきた。
“アズマ、あんけぇとぉ、って何?”
“questionnaire ”
“何語だろう”
“フランス語”
“いや、ちがうね。ボクは日常会話程度ならフランス語、喋れるんだ。そんなことば、聞いたことがない。ドイツ語も知ってるけど、そんな単語はないし、スペイン語でもない。日本語でもないとすると……たぶん中国語だな。日本語にはたくさんの中国語が入ってきてるんだろう?”

大きな誤解があるような気もするが、それを正すのもめんどくさいアズマさん、だまったまま、広辞苑の【enquete フランス】(※二番目のeはアクサン)というところを広げて見せる。

“ふうん。だけど、そんなに一般的なことばじゃない。聞いたことがないもの”と負け惜しみを言いながら、その紙をアズマさんに差し出した。
“その、あんけぇとぉを頼まれちゃったんだ。ボク、答えるから、アズマ、日本語を読んで、書いてくれる?”
“いいよ。なに、これ? 『血液型に関するアンケート』だって”

“あれだね、血液型でキャラクター・タイプを分類する、ってやつ。アメリカでは聞いたことなかったけど、日本人はかならず聞くよな。最初は驚いた。なんでだろ”
“まぁ、知らない人を知るひとつの手がかりだと思ってるんじゃない?”
“それで、わかるの?”
“わかることはないだろうけど、話のとっかかりにはなるんじゃない? 星占いだってそうでしょ? さて、始めよう。あなたの性別は?”
“ちょっと待ってて、見てくるから”
無視して、男、のほうにマルをつけるアズマさん。

“あなたの年齢は?”
“24”
実際は34なので、30代にマル。

“血液型は?”
“Rh+”
“A、B、O、ABで答えるようになってる”
“A”
“あなたのお父さんの血液型は?”
“実の父親? わからないな。母親の再婚相手なら、前に手術したから知ってるけど”
不明なので、空欄のままにしておく。
“あなたのお母さんの血液型は?”
“知らない”

“つまんないこと聞いてるよぉ、あなたが現在好きな人の血液型は?”
“つまんなくないよ、アズマ、キミの血液型は?”
“Aだけど、それがどうかした?”
“じゃ、Aだ”
無視してアズマさん、すべてにマルをつける。
“待ってよ、それ、どういうこと?”
“みんなにそう言ってるに決まってるもの”
“ひどいなぁ”

“過去の恋人の血液型は? 
“聞いたことないなぁ”
アズマさん、ここもすべてにマル。
“確かにそうかも。いろんな人がいるからこそ、人生はすばらしい、だろ?”
“フレッドの人生は、すばらしいものになったわけだ。よかったね”
“意地悪だなー”

“次。既婚者のみ、だから、ここからの質問はパスね。フレッド、独身だったよね”
“ボクはアズマに会うために、ずっとひとりで来たんだ”
“そのセリフを言う相手がちがってる。次、兄弟は何人?”
“両親ともウチは再婚してるから、義理を含めると11人”
アズマさん、11と記入。

“人と争うことが多いですか?”
“それはない。ボクはキング牧師のように生きたいといつも思ってる”
はい、にマルをつけるアズマさん。
“待って、アズマ、これは‘イイエ’だ”

“このあいだ、フレッドはバイクに乗ってるとき車に抜かれたら、"Row, row, row your boat"って歌いながら追っかけてって抜き返す、って言ってたじゃない”
“すぐには追いかけない。バカだと思われるもの。車種とナンバー覚えておいて、5分ぐらいしてから追いかけるんだ。ぴったり真後ろについて(歌う)"Row, row, row your boat...."、これがきっかり10秒だ。それから、車の鼻先ギリギリに抜かすんだ。ねぇ、アズマ、こんどバイクに乗せてあげるよ”
“ぜったい、イヤ。死にたくない。次、人と争った場合、自分から折れることができますか”
“だから言っただろ、ボクは人と争うのがキライなんだ。どうしてわかってくれない?”
アズマさん、黙って、いいえ、にマル。

こんなアンケート、いったい誰の何の役に立つのだろう、と思うアズマさん。

(明日最終回)

英会話教室的日常 その8.

2005-04-20 21:07:31 | weblog
外国人女性が入ってきた。ドアを開けて入ってからも、きょろきょろと落ち着かないようす。講師希望者かな。

"Hello, what can I do for you?(何かご用でしょうか)"
アズマさんが声をかけると、ちょっとびっくりしたような顔でそちらに向きなおった。

“Elaineといいます。Danが病気で来られないので、わたしが代わりに教えに来ました”

おおっ、これが噂のエレイン、ビデオカメラを水で洗っちゃうエレインか。
思ったよりずっとかわいい、なんとなくフェルメールの女の子を思わせる。
名前を聞きつけてか、控え室にいたクレアもやってきた。

初対面の挨拶をすませてから、せっかく来てくれたのに申しわけないのだけれど、講師は登録とライセンスが必要で、それがない人に教えてもらうわけにはいかないのだ、と説明する。

交代要員の手配をするために電話をかけ始めるアズマさんの横で、クレアが話しかけた。
“Dannielはどうしたの?”
“Shingles(帯状疱疹)よ”

“それはお気の毒ね”
“熱が出て、関節が痛むんですって。だけどね、知ってる? ShinglesってChicken Pox(水疱瘡)なのよ。水疱瘡ならわたしも8歳のときに罹ったことあるもの”

“だけど、おとなになって罹ると、ずいぶん辛いんでしょ?”
“だからって、‘あぁ~、苦しい~、水、持ってきて~’(いかにもあのダニエルならそう言いそうなので、電話をかけながら聞いていたアズマさんは笑ってしまう)なんて言うこと、ないと思う”

“わかる、その感じ。かまってほしいのよ。わたしだったら病気になったら、放っておいてほしいと思うんだけど、ちがうのよね”
“男の人って、そうなんじゃない?”
“そうかもね。以前、わたしとボーイフレンドが同時にインフルエンザに罹ったことがあったのね。ふたりともよ、なのに彼ったら、わたしにオレンジジュース、買ってきて、って言うわけ。エレインは101度(摂氏になおすと約38,3度)、ボクは102度(約38,8度)ボクのほうがちょっとだけ熱が高い、とか言ってわたしを行かせるのよ”

アズマさんも話に加わる。
“ウチでもそうだったな。父が病気になると、ちょっとのことで遺言状、書きかねなくなるって、母はよくこぼしてた”
“ママも言ってたわ。ダッドが病気になったら、いつだって離婚を考えるって。あんまり騒ぐからウンザリしちゃう、って”
“なんでかな。男の人のほうが、絶対、痛みに弱いよね”
“ほんと、そうよね”

ひとしきり話は盛り上がり、陰気なダニエルよりエレインのほうが講師向きだな、とアズマさんが思いかけたとき、エレインが携帯電話を取り出した。

“彼に迎えに来てもらわなくちゃ”
“彼って、だれ?”
“Dannielよ、あら、出ない”と苛立たしげに、もういちど番号を押している。
“だって、病気なんでしょ?”
“わたし、左車線は運転できないの”
“地下鉄を使ったら?”
“とんでもない! 日本みたいに地震の多い国で地下鉄に乗るなんて、クレイジーだわ”
“ここまでどうやってきたの?”
“彼に送ってもらったの”
“Shinglesなのに?”
“だって、Chicken Poxでしょ”
 
「あぁ~、苦しい~」と言いながらも送り迎えをさせられるダニエル。
電話で病欠を入れる、という選択肢は、彼に与えられていなかったのだろうか、と思うアズマさんだった。

(この項つづく)

英会話教室的日常 その7.

2005-04-18 20:11:58 | weblog
アズマさんの仕事のひとつは苦情処理。
生徒さんからクレームがくれば詳しく聞いて、さらに当該講師に事情を聞き、本部に報告する。

苦情その1.

「アレックス先生は**さんばっかり贔屓したはるんです」(※言っているのは小学生ではありません)
「もう少し詳しく教えていただけませんか。今日だけ、ということではなく、以前からそういう傾向が続いているということですか」
「いっつもです。いっつも」
「具体的にどんなところでそういうふうに感じられるんでしょう」
「具体的に、て言われても……。**さんとばっかり話をしはって……。とにかくいっぺん見てもらわはったら、わかります。わたしらの扱いとは全然ちがうのんやから」
「アレックス講師はヴェテランですから、そういう事態は非常に考えにくいんです。**さんが自主的に発言する機会が多い、ということとして理解していいですか? その結果、ほかの生徒さんの発言する機会が奪われている、という内容であれば、クラス編成の問題として対処させていただきますが」
「いえ、そういうことやないんです。なんか、目つき、というか……。とにかくあのひとしか見たはらへんのやから」
「(溜息をぐっと呑み込み)わかりました。とにかく事情を聞いてみます」
「あの……。アレックス先生には、わたしがこぉゆうことゆうてた、てゆわんといてくださいね。お願いします」
「わかりました。対処するよう努力してみます」

アレックス講師に事情聴取

“生徒さんのひとりを贔屓している、っていう意見があるんだけど……”
“そういう事実はない。That's it.(以上!)”
そう言い切って、向こうへ行ってしまうアレックスを見送りつつ、アズマさんは思いっきり溜息。
That's it! って言い切れるもんなら、こっちだってそう言いたいよ、ったく。まぁいいや、あとは上に任そうっと。That's it.

苦情その2.

「クレア先生ね、宿題やってこない人がいても、注意しないんですよ、そういうの、いいんですか」(※これも小学生ではありません)
「そういうことは、講師の判断ですのでなんとも言えないのですが」
「あたしなんか、いつも時間かけてやってくるのに。ズルくないですか」
「(ズルイかどうかという問題ではないだろう、と思いつつ)まぁ、判断のむずかしいところですね(良い言い回しを思いついた、と内心ちょっとうれしい)」
「こんどね、クレア先生に言っといてくださいね、宿題、出すんだったら、やってこない人、注意してくださいって」
「わかりました。対処するよう努力してみます」

クレア講師に事情聴取

「クレア、宿題なんか出してるの?」
「わたしはアズマが何を言っているかわかりません」
「生徒さんからね、宿題やってこない人がいるのに注意しない、っていう意見が出てるんだけど」
「宿題? homework? わたしは生徒サンにhomeworkを課していません。……わかりました! わたしはその人が何を言っているかわかります」
「はい、なんのことですか」
「アズマ、ここを見てください(と、テキストを拡げる。指しているのは単元のおわりに載っているエクササイズ)。授業の最初に前回の復習をやります。わたしは生徒サンが覚えているのを希望するですが、生徒サンの多くは忘れています。ノートに書いたのを読み上げる人もいますが、わたしはそれを希望しません」
「なるほどー。そういう人は、これが宿題だって思ってて、つぎの授業までにやってくるんだね」
「でも、希望しないことは生徒サンに伝えてあります。なぜ彼女がそう言っているのか、アズマには理由がわかりますか」
「まぁ、判断のむずかしいところですね」
「どういう意味ですか、アズマ」
「わかんねーよ、ってこと」

とりあえずこの件はなんとかカタがつきそう、とほっとするアズマさん。

苦情その3.

「フレッド、どうもアタシと合わないような気がするんです。クラス、変えてもらえませんか」
「どういうところでそうお感じになってらっしゃるのか、もうすこし詳しく教えていただけますか」
「だって……。フレッドって、アタシのこと、バカにしたような目で見るんです」(※しつこいようですが、小学生ではありません)
「(出そうな溜息をグッと呑み込み)ずっとそうなんですか? それとも、今日の授業中にそんなことがあった、っていうことですか」
「今日です」
「確認を取ってみたいので、もう少し、教えていただけますか」
「あのね……。先々週、フレッドにプレゼントあげようと思って、持ってきたんです、アタシ。そしたらね、規則で受け取れない、って言うんですよー。黙っとくから、大丈夫って言ったんだけど、そういうことはできない、って。でね、それから、何かヘンなの」
「うーん、きまりはきまりなんです、確かに。だけど、そういうことって、けっこうあることなんです」
「えっ? フレッドにだれか何かあげたの?」
「そういうことじゃなくて、お届け物とかね、あとお誕生日とか、ヴァレンタインとか、いろいろ持っていらっしゃる生徒さんも大勢いらっしゃるんです」
「フレッドって、よくもらうの?」
「いや、個別どの講師、ってことじゃなくてね、そういうことはよくあることで、受け取らないのは同じなんですよ。だからそのことで××さんのこと、変な目で見たりはしないと思うんですよね。一応、聞いてみますけど、たぶん、気のせいじゃないのかな」
「ほんとかなー。アズマさん、聞いといてくださいねー」

フレッド講師に事情聴取

“あ、バレてたんだ”
“(おいっ)そんなこと、したの? フレッドは講師歴長いでしょ”
“いやそれが中国にいたときの話をしてたんだよ。中国人はaggressiveな人が多い、みたいなこと。そしたら彼女が「あい・らいく・ちゃいにーず」って言うわけさ。そう言われたら、chineseのどんなとこがスキか、って普通聞くだろ、で、こっちもそう聞いたわけ。そしたらさ、「ちゃいにーず ふーど いず ベリー でりしゃす」とか言うんだぜ。もう、立ってられないくらい疲れちゃって、こんな顔(と、脱力した顔をする)になっちゃった、ってわけ。ほんと、講師ってラクじゃないよな”
“(わたしはそういう人の苦情の処理をしてるんだけど、と思いながら)そういう顔は、もうしないでね”
“もうしない、絶対。約束する。アズマ、愛してるよ、だから本部には連絡しないで”
“フレッドの愛はいらないけどさ、とにかくその程度のことは連絡する必要がないと思う”
“ドモアリガトー。だけどさ、彼女、何のためにココに来てるんだろう”
「まぁ、判断のむずかしいところですね」
“日本語を使うなよ、なんて言ったんだ”
“わかんねーよ、ってこと”

さまざまな苦情を聞きながら、アズマさんは考える。
苦情がどれも子どもっぽいのは、学校というところへくると、みんな子どもに戻ってしまうせいなのかもしれない。

まぁ、判断のむずかしいところですね。

(この項つづく) 

英会話教室的日常 その6.

2005-04-15 22:48:39 | weblog
第七景 パチンコ体験記

バートの帰国する日が迫ってきた。
教室にやってきたバートにアズマさんが
“How are you?” (調子、どう?)
と声をかけると、
“I'm sad.” (悲しいよ)と返ってくる。

“そんなに日本が気に入ったの?”
“もちろん。人生最高の二年間だった”

そのバートが、ある日アズマさんに頼みがあると言い出した。
教室からすこし北に上がったところに、パチンコ屋がある。仕事のたびに、そこの前を通ってきたのだが、ただの一度も店のなかに入ったことがない。

“そんなに気になるのなら、一度行ってごらんよ”
“宗教上の理由で、ギャンブルはやらないんだ。だけど、どうしても中のようすが見てみたい。パチンコって日本にしかないものだから”
“じゃ、だれかと一緒に行ったら?”
“アズマ、一緒に行ってくれない?”
“へ? わたしと? パチンコ屋?”

実はアズマさん、パチンコ屋というところに足を踏み入れたことがない。一度たりとも、やってみたい、とさえ思ったことがない。それでも帰国を目前にしたバートの頼みとあらば、仕方があるまい。

昼休み、一緒に出かけることにした。
“すぐ帰るからね。よく見ておいてよ”

“おお、天井が鏡になっている! アズマ、見て! あれは何? わー、この回転してるのは何?”
“わたしに聞かないで”

とにかく席に座るアズマさん。
隣のおじさんが五百円玉を入れたのに続いて、アズマさんも五百円玉を入れたのはいいけれど、出てきた玉をぼろぼろとこぼしてしまった。おじさん、すぐに気がついて
「ねえちゃん、初めてか」
アズマさんの手を取って、回転ハンドルを握らせると
「ええか、ここらへんまで回すねんで」と上から手を押さえる。
アズマさんは内心、おっちゃん手ェどかしてんか、と思っているのだが、せっかく教えてもらっているのだから、その間だけは辛抱する。
「あー、ええ感じで回ってるなぁ」
と言っていたおじさんが、突然
「おいっ、おいっ」と立ち上がった。
電飾が突然ぴかぴかし始め、わけのわからない電子音がやかましく鳴りだした。
「やったやんか、すごいな、ねえちゃん、あんた才能あるデ。ほれ、アメリカのにいちゃんも。ぼけっとしとらんと、はよドル箱(?)持ってこんかい」

へ、何? どうしたの? どういうこと??
玉がざくざくと出てくる。
これは当たった、っていうことなの?
目を白黒させているアズマさんの手を握ったままのおじさんは、空いたもう一方の手で、バートが持ってきた箱に玉を入れたり、平らにならしたりして忙しい。

ひと区切りついたらしく、ざくざく出てきた口がしまったのを見届けてから、アズマさんは立ち上がった。
「教えてくださってありがとうございました」
「ねえちゃん、もう帰んのか?」
すかさずおじさんはアズマさんの席に移ってきた。
「おいっ、アメリカのにいちゃん、これをあそこのカウンターに持っていったれや」

バートがカウンターに玉が一杯詰まった重たい箱を持っていく。
“おもしろかった、アズマ”と満足そう。
カウンターにいるおばさんに、玉をここへ入れてください、と言われて、おとなしくいうとおりにすると、輪ゴムで留めたボールペンの束と、アーモンドチョコレートを一箱くれた。

ボールペン?
バートとアズマさんは顔を見合わせる。

やがてアズマさんはピンときた。
これは、古代人の貝がらだ!

やはり同じようにボールペンの束を手にした男性のあとをついていく。
“アズマ、どこへいくの?”
“わからない”
何百回となくその前を通っていたのに、決して気がつかなかったビルとビルの隙間の道を奥へ進む。なんだか胸がドキドキする。つきあたりには、映画のチケット売場のように、手元だけ開いた窓ガラス。
前の男性に続いて、アズマさんもボールペンの束を出す。
なんと千円札が九枚も返ってきた。
一瞬、アズマさんは自分の時給を考える。

“はい”
と半分差し出すアズマさんに、
“受け取れないよ”と断るバート。
臨時収入とすれば、ありがたいお金だけれど、アズマさんも受け取れないような気がする。
“ボクはチョコレートだけ、もらうよ。あとはアズマ、一緒に行ってくれたお礼だよ”

後日、アズマさんは清水焼の店を何軒か回って、そのお金で抹茶椀を買った。
カナダに送っても大丈夫なように厳重に梱包してもらいながら、やっぱりギャンブルで儲けたものを使うのは、戒律に反するかなぁ、と考えるアズマさんだった。

(この項つづく)

英会話教室的日常 その5.

2005-04-14 20:54:58 | weblog
第六景:授業参観篇

講師のバートはカナダ人。
礼儀正しく忍耐強く、いつも穏やかで愛想のいいバートは、個性的(ルビはわがまま)で要求の多い講師陣のなかにあってアズマさんもつきあいやすい相手なのだが、残念ながら来月帰国する。

そのバートのお父さんがカナダからやってきた。息子が帰国する前に、日本を見ておきたいのだとか。
厳格な宗派の牧師さんと聞いていたので、アズマさんはちょっと緊張気味。

今日は朝から京都の市内をいろいろ見て回った、というバートのお父さんに、どこへ行ったか、どこが良かったかと、まるで英会話のテキストに出てくるような会話をする。

“ただひとつ、残念なことがありました。これまでずっと、日本人は礼儀正しい人々だと思っていたのですが、どうもそうではないようだ。駅や通りでぶつかったとき、大変無作法であると感じました”

“ぶつかって、‘Excuse me’も‘Sorry’もだれも言わないことをおっしゃってるんですね?”

“そうです。私はBartに習って‘スミマセン’と練習してきました。おかしいですか?”

“いいえ、はっきりわかります”

“雑踏のなかで‘スミマセン’と言いながら歩いていたのは、私だけでした”

“日本人のひとりとして‘スミマセン’と謝りますね。わたしはぶつかったりしたら、できるだけそう言うように気をつけているのですが”

“アズマ、あなたは礼儀正しい日本人ですね”

“ありがとうございます。けれど、それは礼儀の問題とはすこしちがうと思うのです。西洋の人は、ハグや握手やキスをよくしますね。日本人はそういうことが苦手です。わたしも最初はとまどいました。physical contactが苦手なのです。雑踏は、新しい現象です。日本の伝統とは関係ない。肉体的接触の苦手な日本人は、たくさんの見知らぬ人々を、人間ではなく、ものと感じることで、それを耐えようとしているのではないでしょうか。これはわたしだけの意見なのですが”

小学校が退けた子どもたちが集まってきた。

バートが授業参観に選んだのは、小学生のクラス。わたしはほかの授業の方がいいと思ったんだけど……。
小学生クラスに、バートのお父さんのための椅子を運び込み、わたしも教室の後ろに立つ。

"Good afternoon, everybody."

"Good afternoon, Bart."

まずは順調な滑り出し。と、いきなりひとりの子が手をあげて

「せんせー、オー・マイ・ゴーッドってどぉゆう意味なん?」

うわーっ。牧師の前で、なんちゅうことを……。できるなら飛んでいって口を塞ぎたくなるアズマさん。

バートが顔をひきつらせている。

咄嗟に隣を見ると、バートのお父さんの左眉がひくひくしている。

「ボクは、にほんごが、わからない。アズマにきこうね」

こ、こっちにふらないでよ、バート。

「アズマさーん、オー・マイ・ゴーッ……」

「繰り返さなくていいからね……(ひきつりながら)よくわかんないけど、“なんや、それ”、ぐらいかな」

「なんや、それ、かぁ」

「あ、あとね……わ、わ、悪いことばだから、使うのはやめようね(あー、そんな言い方はないよなー、と思いながら)」

「悪いことばなん?(目がキラリと光る)オー・マイ・ゴーッド!」

"Excuse me."

バートのお父さんはひとことそう言うと、教室を出ていった……。
頭を抱え込みたくなるアズマさんだった。

子どもってなんで相手の弱点をピンポイントで攻撃してくるんだろう?

(この項つづく)