彦根の歴史ブログ(『どんつき瓦版』記者ブログ)

2007年彦根城は築城400年祭を開催し無事に終了しました。
これを機に滋賀県や彦根市周辺を再発見します。

150年前:和宮出発(10月20日)

2011年10月20日 | 何の日?
文久元年(1861)10月20日、和宮が関東に下向するために桂御所を出発しました。

和宮が、将軍降嫁することを兄である孝明天皇が認めて勅許を出したのは、前年10月18日ですので、勅許から出発までに1年を要したことになります。
それは、準備に必要な時間と言うよりは、幕府と朝廷が外国との交流をどのようにするのかを決定付けるための時間でもありました。
既に開国してしまい、諸外国との付き合いがなければ日本が滅びることを確信している幕府と、日本が神の国と信じて外国人を妖怪の類と思いこんでいた孝明天皇や公家たちの間の溝は大きすぎたのです。
結局、幕府が攘夷を決行することを約束するのを条件に和宮降嫁が実現したのです。

長い武家政権のなかで、皇女が武家に嫁ぐ唯一の例が和宮でした。
この為に、道中で和宮が奪われる可能性もあたったために、道はアップダウンが激しい山道ながらも浦海道のような役割を果たしていた中山道が工程に組み込まれたのです。
この行列の警護ぶりは過剰で、3万人が約50Km の長さを作って進んだ行列が通過する時には住民が外出すること、沿道で商売をすることを禁止し、寺の鐘などの鳴り物や、動物の鳴き声も厳重に警戒され禁止されたのです。


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