彦根の歴史ブログ(『どんつき瓦版』記者ブログ)

2007年彦根城は築城400年祭を開催し無事に終了しました。
これを機に滋賀県や彦根市周辺を再発見します。

150年前:内山彦次郎暗殺事件(5月20日)

2014年05月20日 | 何の日?
元治元年(1864)5月20日、大坂西町奉行所与力・内山彦次郎が天満橋で暗殺されました。

夜五ツ頃(午後8時頃)に駕籠に乗った彦次郎は天満橋を渡るときに左右から複数の暗殺者に襲われ、まずは槍で突かれて両腕を落されその後に首を落されたとも、土方歳三が駕籠を刺して外にお逃げ出した彦次郎を近藤勇が首を落したとも言われています。
暗殺には、近藤・土方・沖田総司・原田左之助・井上源三郎・島田魁ら十名ほどが関わったとされています。

内山彦次郎は、新選組に暗殺され、その斬奸状によって悪名だけが世の中に残ってしまったのですが、実は地方奉行所の一与力でありながらちょっと詳しい日本史の人物辞典に名前が残るくらい有名な人物なのです。
その大きな功績は大塩平八郎の乱において、大塩平八郎を追い詰めて自殺に追い込んだ事でした。そして大坂の奉行所の風紀改善に力を尽した事なのです。

内山暗殺後に遺体と主に張り出された斬奸状には内山が商人から賄賂を巻き上げていたような記述があるが、これは史実としては考え難いともされています。
また、近年の研究では新選組が実行犯かどうかも疑わしいものとなっているのです。