古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

「池づくり」 / 「味噌づくり」

2015年01月25日 03時31分24秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 我が家の「手前味噌」はどなたにも「美味しい」とほめていただきます。道子さんの味噌づくりは年季が入っており、自家栽培の有機無農薬大豆と皇帝塩で、今年も味噌を仕込む季節がやってきました。
 昨夜道子さんは、大鍋5つに大豆(1,5キロずつ)を入れて水にかしました。今日は一日中大豆を煮ます。5つの鍋を見張りながら、吹きこぼれないように、大豆が水を吸って焦げつかないように、水を足しながら大豆があめ色になるまでじっくり煮るのです。娘たちは、子どもの頃「あめ色になるまで煮た、味をつけてない大豆をおやつに食べさせてもらった」ことを今でも語り草にします。
 あしたは麹をもらってきて、電動ミンサーで大豆をすり潰して仕込みます。2010年に電動ミンサーを買ったときは、「70歳を過ぎてから年に一度しか使わないような機械を買って、いつまで味噌づくりするつもりだ」と自問しましたが今年で6回目。10回は使うでしょう。充分役に立ってます。26日が過ぎればお貸ししますよ。
 池づくりのほうは、きのう畦波板の補強作業をしました。まず排水ポンプですが、とても元気よく排水してくれました。池の底のほうはヒシャクやチリトリで泥といっしょにすくい取りました。注文したプールライナーが届くまでに畦波板を固定し、古い毛布を敷き詰めておきます。(プールライナーを傷つけないように)池のレイアウトの砂や石はプールライナーの上に置きます。出来上がるまでの工程がたのしみです。山仕事/畑仕事はあるのですが、しばらくは池づくりです。
 NHKが「全豪オープン」テニスの試合を放送するので錦織圭の活躍を見てしまい、時間をとられます。(わくわくします)なお大相撲は朝青龍の引退後一切見なくなりました。白鵬がいつも優勝していますが関心を持たないようにしています。
 そもそも朝青龍に引退を強いた成り行きですが、「相撲界が彼を育てられなかった」のが問題です。親方は、そして相撲界は、多少やんちゃな朝青龍を、立派な力士に育てるべきだった。白鵬が上がってくる前、毎場所コロンコロン負ける別名「カド番大関」ばかりの大相撲で一人横綱で頑張っていたのは誰だったか。横綱がいなくて弱い大関ばかりだったら大相撲はつぶれてた。白鵬が上がってきたら「やれやれ、やんちゃ坊主をほうむれる」とばかりに引退させる。
 前にこのブログで書いたことがありますが、横綱・琴桜はわが郷里・鳥取県倉吉市の出身です。同級生の鎌谷くんの弟で、家も近く中学時代から知っています。その彼が親方をしていた頃、朝青龍のことをずっと気にかけていました。朝青龍も、こよなく気にかけてくれる他所の親方に敬服するところがあったのではないかと推察します。
 朝青龍の笑顔は善良そのものです。やんちゃな若僧だけどしっかり育てようという気があったら立派に成長してくれただろうに。そしたら白鵬一人だけでなく本当の対決が見られたであろうに。
 これからも大相撲は見ません。
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