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古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

父の『引揚げ記』 (14)

2017年10月20日 04時51分35秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 きのうは雨だったので畑に出られません。ひよどり台「しあわせの村」の温泉に行きました。神戸の北須磨に住んでいたときはよく行った温泉です。あの広さはいい。気持ちが広がります。道子さんは遠くの友に黒豆を送っていました。「今年が最後になるかも」とコメントをつけたりして。広い畑は来年までつくるつもりですが、いつ、なにが、あるか、わかりません。気持ちはわかります。
 父の『引揚げ記』はもう数回つづきます。あの敗戦時に、とりわけひどい目に遭った体験ではありませんが、ぼくは読むたびに「もし母と7歳のぼくと5歳の妹と4歳の弟がいっしょだったら、どうなっていただろう」と思います。

 
 父の『引揚げ記』 (14) 昭和二十年八月十五日 朝鮮の山奥で 
                   
                        ※ 用字、仮名遣いは原文のまま

 やがて家も見えず人も通らない山道に出ると、若者は私の荷物を持ってくれた。その若者はなかなかよく歩く。私は後れながら疲れた足を引きずって、若者を見失うまいとついて行く。それでも背の荷物を持ってもらっているので少し元気になり、どうにか若者に後れないようについて行った。
 二人は野を過ぎ山を越え川を渡って、かれこれ四キロメートルは歩いたと思われる。だが行けども行けどもきりがない。橋のない川を渡るときは、地下足袋のままざぶざぶと歩いて渡るのであるから、破れた豆に水がしみ込んで、じかじかと痛む。だがそんな事は構っていられない。ただ若者に後れまいとついて行く。
 歩き続けて安寧が近くなると、若者は私に向って「もう荷物はお返しする。私はここで別れる」と別の道に入り込んでしまった。安寧に着くと、なる程大きな町である。この町にはあちらこちらに人々が集り合っていて、じろじろと私を見つめる。そして中の一人が朝鮮語で話し掛ける。私は黙っていると、
「お前は日本人か」
「そうだ」と答える。
「今日このにソ聯兵が入って来る。お前はどちらから来たのか」
「伊川から」と答えると朝鮮人達は驚いていた。
「何をしにこんなところまで来たのか」
「京城に行く為に来たのだ」
「京城なら方向が違う。鉄原の方を通って行かなくてはならない」
 そこでソ聯兵との関係などの事情を話した。
「この巴(ゆう …… 街のこと)にも日本兵が一人残っている。その家を訪ねてみないか」
 と朝鮮人は云い、案内する人を一人つけてくれた。残っている日本人の家を訪ねると、それは郵便局長さんの家であった。
 初めて会った日本人同士であるが、なんとなく話が合う。ソ聯兵の噂、日本のこれからの将来等を話し合った。しかしいつまでも話している事は出来ないので、水を一杯恵んでもらい、次に目指す連川への道順を尋ねて別れた。
 その家を辞して歩き出すと、いつの間にかぞろぞろと朝鮮人が私の後からついてくる。飲食店を見つけてそこに入ると、また朝鮮人はじろじろと窓から覗き込んでいる。
「何か食べる物はないか」
「何もない。マッカリ(日本の『どぶろく』)がある」
 酒を飲んでいるような暇はないのであるが、今朝から何も食べていないので、朝つくってくれた握り飯を食べながら酒を飲む。食べ終わって、煙草に一服火をつける暇もなく外に出て歩き出す。歩くとまた後からぞろぞろ人がついてくる。飲食店で休んだせいか足がジクジクと痛み出し、一歩も歩けなくなる。
 致し方なく私は道端の草の上にごろりと横になった。すると飲食店で飲んだ酒の酔いと疲れが一緒になって、すぐ眠ってしまった。飲食店を出たのは午後三時頃であったが、目を覚ますともう四時になっている。しかし眠ったせいか、疲れが少しうすらぎ楽になった。連川へ連川へと一歩一歩踏みしめながら歩いた。
 次のまで歩けば旅館があるという話を聞いていたので、天を仰ぎ前方を眺めて、唯ひたすら歩くが、歩けども歩けども山ばかりで一軒の家もない。風邪がざわざわと木の葉を揺すぶって、雨雲が垂れてくる。雨が降るかも知れない。立ち止まって後方を見て、後がえりしようと何度考えたか知れない。
 足は痛むが今はそれどころではない。山の中にたった一人取り残された私なのである。とにかく人のいるところまで歩かねばならないと、教えてくれた人々の言を信じながら歩いて行く。道は行き詰まっては曲り、また次の山が待っている。行けども行けども家はない。若しや道を間違えたのではなかろうかと考えれば、夏の長い日ももはや暮れようとしている。 (つづく)
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