写真は『山本五十六』の大型活字本です。このたび全五巻を図書館で借りて読みました。この本は10年ほど前に、やはり三木の図書館で借りて読んでいます。もう一度読んでみたくなったのです。
書いたのは、文化勲章を受けた大作家・阿川弘之です。テレビによく出る娘の阿川佐和子のほうが国民にはよく知られていますが、阿川弘之は骨太の大作家でした。東大の学生でしたが昭和17年に海軍に入り、あの戦争を体験しています。
阿川弘之は敗戦後20年を過ぎてから〈海軍の偉い人〉三人の伝記を書いています。海軍を体験した作家ですから、「これと思う筋」にしっかり取材して心に届く伝記を書きました。その三人とは「山本五十六」「米内光政」「井上成美」です。三人は海軍の中にあって、あの戦争(アメリカと戦う)に徹底して反対しました。大臣など重要なポストについて戦争を食い止めようとしました。
わけのわからん右翼におどされ、命をねらわれ、海軍内の硬派に嫌がらせをされても、信念を曲げることはありませんでした。
三人の伝記はどれも大部で、読みごたえがあります。三冊とも読んで、それぞれに感心しました。
さてもう一度読むとなると〈山本五十六〉になりました。「三人とも偉い人だったのに。どうして山本五十六を読もうと思うか」。
華のある人。〈偉い〉とか〈面白い〉とかでなく「華のある人」を選んだのでしょう。
このたび読んだ中で、一つだけ引用してみます。〈日本軍の思い上がり〉を書いたところです。相手を見くびり、思い上がった軍隊の様子を、阿川弘之は活写しています。
実松(アメリカの実力をよく知る中佐)は教官として、海軍大学でアメリカの軍事問題を講義することになったが、軍令部の連中は、彼がアメリカの造船能力や、ドイツ潜水艦の活動が近い将来下火になって来るだろうというような話をしても、少しも聞こうとせず、信用もしなかったし、彼が教えた海軍大学の一期目の学生たちは、
「教官は、むやみにアメリカをほめますなあ」
と言い、かげでは、
「あんな話、おかしくて聞けるか」
と言っていた。
もっとも、次の期からは、いくらか実松の話に耳を傾けるようになり、各戦線で苦杯を舐めて帰って来た三期目の学生になると、
「いや、教官、アメリカはもっと強いですよ」
と言い出したということである。
※ 昭和12年に日中戦争をはじめた陸軍の参謀本部や関東軍は、「中国なんて弱いもんだ。1,2カ月で倒せる」とほざいた。そして長い戦争をして、すべてを失った。下っ端の軍隊も国民も「思い上がり」はひどかった。