古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

大豆は18キロの収穫でした。

2010年11月21日 02時39分05秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から

 大豆を抜いて稲木に掛けたのは11月3日でしたから17日間干したことになります。乾燥した天候がつづき、サヤはパリパリに乾いています。同じ頃に刈り取った大豆畑トラスト『むーな村』では6日前に脱穀を済ませています。娘や孫からは「脱穀をいっしょにしたいから待って!」と連絡がありましたが、その前に雨の予報もあり、きのう二人で脱穀してしまいました。
 脱穀方法は人類が大豆をつくりはじめた頃からの原始的なやり方です。稲木に干した大豆を畑に広げたシートに運び(あらかじめ耕運機で平らにしています)、ビール瓶でサヤを叩いて収穫します。色づきはじめた墓場のクヌギ林を背景に写真を撮ろうとして、去年もその前も同じアングルで撮って賀状に入れたりしたのを思い出しました。
 そこで今年は大豆の木の写真にします。いままでは種蒔きのとき大豆を二個ずつ蒔いていましたが(5センチの間をあけて)、今年はきっちり40センチの間隔をとって一本ずつ苗植えしました。耕運機で畝立てをしたときは土を寄せず、苗がついてからしっかり土寄せをしました。除草しながら三週連続して土寄せをしましたから地中の幹が大豆の木の高さほどあります。
 根がよく張っています。稲木に掛けやすいように刈らないで抜いていきましたが、簡単には抜けず備中鍬を使いました。幹の太さも黒大豆ほどあります。40センチと余裕のスペースをもらって、大豆がしっかり生長したことがわかります。サヤもびっしりついています。
 収穫は18キロでした。これから選別すると16キロくらいになるでしょうか。味噌をたっぷり仕込み、煮豆をつくって食べるには充分な量です。去年は同じ長さの畝で28キロ収穫しました。種蒔きのとき二本ずつ蒔いたからです。多すぎましたから300グラム入りの袋をたくさんつくって、来た人にもらってもらいました。
 今年は大豆のムシ防除はしませんでした。道子さんがアセビの煎じ薬を一回散布しただけでしょうか。大豆、黒大豆、小豆を同じところにかためたのですが、道子さんは、小豆のムシ防除に精力をそそぎ、アセビの煎じ薬散布をハンドスプレーに切り替えてきめ細かく、毎日のように防除しました。大豆の畝にスズメがたかっているのも何度か目撃しました。なお道子さんの観察によると、蛙はカメムシを見つけるとパッと口に入れます。「ヤッ! カメムシを食べてくれた」とうれしくなって見ていると、モゴモゴとカメムシを吐き出してしまうそうです。蛙はほんとに多いのでカメムシ大好きになってくれるといいのですがね。
 次は黒大豆の収穫です。まわりの田んぼの黒大豆は刈り取って乾燥室の稲木に掛けたり脱粒したりで出荷の準備です。我が家でも葉を落として、稲木に架ける準備をします。
 
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