虎尾の会

幕末の草莽の志士清河八郎の会の名を盗用しています。主人は猫の尾も踏めません。

「ヘルメットをかぶった君に会いたい」を読んだ

2006-08-07 | 読書
鴻上尚史「ヘルメットをかぶった君に会いたい」(集英社、2006年、5月刊)を図書館で借りて読んだ。

鴻上尚史はNHKの英会話番組に出ているのを見たことがあるけど、接点がある人物とはとても思えず、本も読んだこともなかった(でも、愛媛県出身だそうで、そこは接点があった。いかにも愛媛県らしい顔をしている。親父は愛媛の山奥の小学校に左遷されたとかで、まさか城川町ではなかろうか)。

以前、新聞の新刊紹介で、この本の内容「1969年4月、ヘルメットをかぶっていた君は、いま、どこに?」を知り、読んでみたいと思っていた。なんといっても着想がいい。共通の世代なら、だれでも興味を持つのでは。

1970年代を中心とした青春フオークのCD集を紹介するテレビで、当時の映像が流れるが、ヘルメットをかぶった女子学生の姿がアップで映り、そのすずやかな笑顔に作者の胸がキュンとなる。彼女は、その後、どうなったのだろう、今、何をしているのだろう、彼女に会いたい、と作者の探索が始まる。

盆踊りのときの笠も女性には似合うが、たしかにヘルメットも女性には実際よく似合うと思う(笑)。あのかわいい彼女はどうしてるのだろうという作者の気持ちはとてもよくわかる。といっても、作者は、全共闘世代ではなく、もっと後の世代だ。だからこそ、あの時代の青春への羨望や思い入れがより強いのかもしれない。

これは、文芸雑誌「すばる」に連載したものだが、編集者や関係者にも探索の協力をたのみ、2チャンネルでも情報探索をし、連載中も、そのまだ見ない彼女からの返事を待ったりする。探索は事実だろうし、彼女も実在の人だ。諫早湾の堤防を爆破したいという人物が現れ、最後は作者はこの人物といっしょに諫早湾に堤防を爆破しにいくのだけど、ここだけはフィクション。本の帯には、「これは小説です」と書いてあるけど、いろいろな意味がそこにあるようだ。

作者が見た映像はこうだ。シューベルトの「風」が流れ、早稲田のキャンパスが映る(入学式だ)、そこで、新入生にビラを配っているヘルメットをかぶった女性のはじけるような笑顔を見る。
探索の結果、彼女は早稲田の学生で、昭和24年生まれ、このとき、19歳。2年生。1969年4月の映像だ。

作者は、はじめは、この彼女は、その後、どこか地方都市で静かに、ひっそりと、しかし幸せに暮らしている、と想像したのではなかったか(そうあってほしいものだが)。しかし、探索がすすむにつれ、作者には(たぶん)思いもよらぬ事実を知ることになる。彼女は、早稲田(革マル派)のマドンナ的な存在で、内ゲバ事件にも関わり、その後も活動を続け、なんと今は電波盗聴罪だとかで、指名手配中だということを知る。

指名手配中では会うこともできない。また、それ以上探索するな、という脅迫も受ける。連載も何度か中断したこともあったようだ。作者は、後半は1978年の成田空港管制塔占拠事件にふれ、管制塔に突入した若者のその後(昨年、国は損害賠償の強制執行をする)の過酷な状況にも話をうつす。でも作者のヘルメットをかぶった彼女への思いは消えない。連載中でも彼女に、会いたいとよびかけ、最後の章でもこう書いている。
「この連載が本になり、なんらかの形で君の手元にまでたどり着くことを夢想する。そして、この拙い文章が、君の中にある何かを揺さぶることを。やがて、一人の女性が、胸にこの本を抱え、ぼくが立つホームの反対側に現れる日が来ることを」

要するに、ヘルメットをかぶった彼女への恋文なのです。もし、これがヘルメットをかぶった男ならだれも探索しないですよね(笑)。
ヘルメットをかぶった君に会いたい、という気持ちは、私も作者と同じだ。センチメンタルだろうか。

あの時代を追いかけた珍しい作品で、興味深く、一気に読めました。




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