下手な料理の写真をアップするなら自分の作った皿に盛りつけんかい、というお声をいただいても、そんな素敵な皿もないんですよね。このバイオリン型サンマ皿も失敗作ですが、盛りつけてみると案外悪くない。皿はあくまでも料理の脇役ってことを実感した次第です。
陶芸を始めた当初はまん丸い物ができないと恥ずかしかったんですが、2年もやってみたらまん丸い物を作っていると逆に恥ずかしい。今日の陶芸クラブは、メンバーさんのために作品を作ってあげたので、自分のはこれっきり。丸い花器をを四角に変形させ、さらに赤土で化粧してみました。赤土といっても焼き上がりはむしろ黒なので、ガングロ化粧とでも名付けた方がより現実的ですかね。
それにしても一時期隆盛を見たガングロ・ギャルはどうなったんだろう。もしかして彼女たちは絶滅危惧種なのか、ことのとこメディアでも見かけない気がします。雑誌『小悪魔ageha』に見られるようなアゲ嬢系のメイクが台頭して、当然とはいえガングロ嬢たちが駆逐されてしまったのなら寂しい限りです。
しかし一時とはいえ、なんであんな面妖なメイクが都会のギャルたちを席巻したのか、今思えば不可解でしかたない。ま、所詮はサブカルチャーというフィールドに咲いた徒花に過ぎなかったってことでしょうか。
村上隆さんがベルサイユ宮殿で作品展を開催したことにより、フランス保守派が「世界遺産にポルノを展示するな」と抗議しているのだとか。ベルサイユ宮殿というのは美術館でもあるらしく、展示を中止させられるのは所管の大臣かルイベルサイユ宮殿を作った王の子孫だけらしい。
しかしねぇ、ポルノはいかん言うけど、インドのヒンドゥー教寺院の壁に掘られた18禁のレリーフがあるじゃないですか。あれって立派なハードコアですよね。あれが世界遺産に登録されているのなら、世界遺産にポルノはOKということになるから、保守派の論拠は脆くも崩れ去るでしょう。
村上隆さんのすごいところは、フィギュアを作ってそれをアートであると世間に認めさせたこと(サブカルチャーのアートであっても)であり、美術的な才能はもとよりマーケティングの才能がないとできないことでしょう。
それより何より、現代は写実的で整然とした芸術作品を恥ずかしいと思う時代なのかも知れない。新しい芸術を模索している過渡期なのかも知れない。まん丸い陶芸作品を恥ずかしいと思うように、成熟した時代においては、芸術然としたアートは鼻持ちならないのかも知れない。そこが村上さんの受け入れられた要因なのでしょうか。
何年か後には、「マネキンを飾ってアートだって言ってた時代があったよね」などと、ガングロギャルが忘れ去られたように、村上隆さんのインスタレーションも忘れ去られるときが来るのかも知れません。しかしアメリカのとあるロックバンドのメンバーの一人はこう言ってました。
「俺たちは、奇抜な格好と派手なパフォーマンスで世間の感心を集めただけだって? 違げぇねぇ。俺たちの演奏はお粗末だったし、曲も誰かのに似ていた。パフォーマンスも幼稚なもんだったさ。だがな、俺たちがいったい何億ドル稼いだと思ってるんだ。俺たちはな、勝利者なんだよ!」