白浜温泉一泊二日なんて、担当のぼくにしてみたら出張ですがな。うっかり顧客にでも会ってしまったら頭の一つも下げにゃならんでしょうし、
「おお、ちょうど良かった、来週だけど……」なんて仕事の話でも切り出されたら、よもやむげにも出来ません。だけどそれで済むならまだしも、
「てめーこの前はよくもやってくれやがったな!」なんて苦情でもいただこうものなら……。
そういうわけで、どこに行くにもコソコソと世間をはばかるようにしなくてはなりません。そこへもってきて、観るものは全く目新しくないときていますから、疲れだけが蓄積していきます。かといって、
「三段壁というのはね……。南方熊楠という人は粘菌で、あ、年金じゃないよ……」
なんて得意になって観光案内でもしようものなら、出張にかこつけて観光して回ってるのがバレバレじゃないですか。
まるでネズミ小僧がいくら命を賭けて悪徳代官から金を盗んで庶民にばら撒いても、
「巷で義賊って呼ばれてんのは、他でもないこのオレなんでい!」と、大っぴらに口に出来ない苦しさ。いくら世のため人のために働いても、決して評価されることの無い徒労。それでも身を挺して働いてしまう悲しい性。
このように被虐の愉悦に浸っているうちに、思わずポロリと正体を明かしそうになり、アブナイアブナイ!
旅館の料理にしても珍しくありませんから、とにかくもう飲むしかやってられません。なんで慰安旅行に来て飲んで憂さ晴らしをせにゃならんのか! などといつの間にか深酒をしてしまい、当然ながら翌朝は二日酔いです。せっせと温泉に浸かって酒を抜きにかかりますが、それがかえって湯あたりを起こします。そのうえに更に昼食に酒がでますし、バスの中でもやりますから、ぼくだけでなく、帰りのバスの中はみんなグロッキーの容態です。
「皆さまお疲れのご様子で、私がしゃべるよりビデオでも御覧になられますか?」
そうかい、あんたも運転手と昨夜はお疲れだったんじゃないの、ガイドさん? と突っ込む気力も失っているぼくです。
「男はつらいよか、釣りバカ日誌、それから……」
「あ、釣りバカ日誌を観たいな」
どこぞのバカが声を上げて決まり、寅さんを観たかったぼくとしては気分が良くありません。仕方無く釣りバカ日誌を観ておりますと、二日酔いのせいか、それとも一点に集中したせいか、だんだん吐き気をもよおしてきます。
でもバスの中でゲロゲロやった日にゃ、粗相者の謗りが付いて回ります。なんとしても次のサ-ビスエリアまで乗り切らなくてはいけません。
次の電信柱、そしたらまた次の電信柱まで頑張ろう。あと少しあと少しの辛抱だ!
「それではそろそろサービスエリアに到着しますので……」
よっしゃ来たー! と安心したのもつかの間、ガイドさんの言葉をさえぎって、
「休憩なんかええから、このままさっさと帰りたいよ」
などとバカが発言して、咽元までゲロが出かかっているのにどうしてくれる!
それでもなんとか休憩所で一吐き済ませてバスに戻ると、釣りバカ日誌の続きが始まり、ハマちゃんの顔を見てまたもやゲロを吐きそうになるのでした。
そんな苦難を乗り切って家に帰り着いたんですが、一眠りしたら酔いも醒めてお腹が空きます。いつもの飲み屋にお土産を持って行きますと、そこでもまた釣りバカ日誌をやっていて、今度はそこで気分が悪くなってしまいました。
こういう悲しい過去があって、西田敏行さんを見ると吐き気がしてくるんです。まるでパブロフの犬、恐ろしい条件反射、というよりトラウマですね。