(承前。長文です)
「北海道最大のハンドクラフトマーケット」を掲げ5月26、27の両日、札幌ドームで開かれた「サッポロ モノ ヴィレッジ」に初めて行ってきた。
前夜あたりから
「モノヴィレッジに出品します」
という告知がずいぶんたくさんツイッターに流れており、一度現場をのぞいてきたほうが良いと思ったのだ。
以下
1. 驚いたこと
2. 意外な長所
3. アートかクラフトか
の章立てになっている。
1. 驚いたこと
札幌ドームに着いて、驚いたことが三つある。
一つ。
来場者の多さ。
中に入るだけで前売り500円、当日600円のチケットが必要なのだが、切符売り場に長い列ができていた。
入場口にも長蛇の列。
もちろん、日本ハムファイターズの土日の試合に比べれば、たいした人出ではないといえるが、道内の他の美術展と比較すれば、ルノワールやダリ展の最終日などに匹敵する混雑である。
公式サイトによると、2日間で延べ3万8440人の入場があったという。
会期の長さも入場料も異なるから単純な比較はできないが、これほどの動員を誇る美術展は、道内ではほとんどないといってよい。
二つ。
ブースの多さ。
公式サイトには見つからないが、5月24日の北海道新聞には
「2日間で合計約1800ブース」
とある。
あいまいな数になっているのは、土曜日だけ、日曜だけ出展するブースがあるからだろう。
会場内は
「アクセサリーヴィレッジ」「クラフト・工芸ヴィレッジ」などにわかれ、それぞれに膨大な数のブースが並んでいる。
カナリヤ、サンキ、大丸藤井セントラルといった企業ブースもあれば、「パンヴィレッジ」と称して焼きたてパンを出すブースもたくさんある。
端のほうには、フリーマーケットのように車を乗り入れて販売しているコーナーもあれば、中心部附近には、ブースを仕切る壁があって絵画を展示している人たちもいる。
ピアスや指輪などのアクセサリー、陶芸、イラスト、トートバッグ、缶バッジ、木工品、人形、ぬいぐるみ、革製品、帽子やスリッパなど身に着けるもの、便せんなどの紙製品…。
とにかく、手作りの品だったら、なんでもあるという印象だ。しかも、数百円の安い小物も多い。
三つ。
これだけ多くの作り手と入場者がいるにもかかわらず、ほとんど知り合いに会わないこと。
なんだか自慢話っぽくなってわれながらいやなのだが、美術展のオープニングセレモニーとかアートの催しが開かれると、顔見知りの5人や10人には会うのが通例なのだ。
ところがこの日札幌ドームで、作り手であいさつをして会話したのは、上記のうちの女性3人のみ。
お客さんでばったり会った人は皆無だった。
たとえば、江別やきもの市だったら、こんなことはあり得ない。でも、今回は、陶芸関係もほとんどが知らない人だった。
ちょっと性急すぎる結論かもしれないが
「ギャラリーの展覧会に出品する人、見に来る人」
と
「モノヴィレッジやチ・カ・ホのクラフト市、各地のマーケットなどに出品する人、見に来る人」
というのは、客層として、あまり重ならないのかもしれない。
2. 意外な長所
ところで、モノヴィレッジには、ブースが多くてとにかくたくさんの種類の手作り品があることのほか、意外な長所がある。
足を運ぶ前は正直
「なんで物販なのに入場料を取るんだよ~」
と不満に感じていたが、実際に行ってみると
「これだけたくさん店があるから、いいか~」
と、満足感のほうが強い。
むしろ、お金を払って入ったほうが、罪悪感を抱かずに済む。
というのは、筆者はずいぶん多くのギャラリーを巡っているが、とくに工芸・クラフト系の展覧会で、何も購入せずに帰ってくることに、後ろめたさを感じているのだ。
「あれだけ見ていて、各会場で買っていたらおカネなくなっちゃうしょ~」
と自分に言い聞かせながら、回っているのである。
ギャラリーでの展示に来る人は、かなりの部分が、出品者のファンであり、買ってみようという気持ちを持ってやってくる人も多いだろうから、筆者のような心配はあまりいらないかもしれないが。
(ちょっと話はそれるが、絵画や彫刻の場合は、高額のため、次々と売れるものではないことを、出品者も見る側も納得しているところがあるから、あまり後ろめたさは感じない。皆さん、すみません)
ところが、モノヴィレッジには、1800ものブースが並んでいる。
したがって、買わなくても平気だし、売る側も
「この人、わざわざ来てくれたのに、買ってくれないのか~」
などと落ち込む暇もないであろう。気分的に、ラクなのだ。
3. アートかクラフトか
先に、客層がギャラリーと重ならないという推測を記した。
作家も、ギャラリーで開かれる展覧会にも出品している人ももちろんいるが、大半は、こういうイベントにしか登場しない人のようだ。
発表の場だけでなく、作品に向かうスタンスを見る限り、いわゆるアートの最先端を追求する人とは、接点がなさそうに思う。
では、はなから無視していいのだろうか。
筆者が会場でふいに思い出したのは、戦前、短期間のうちに弾圧され終熄したプロレタリア芸術のことだ。
芸術を民衆のものにするにはどうしたらいいか―という議論が盛んに交わされ、ポスターや複製美術が称揚された。
複製にすれば大衆のアートになる、というような単純な話ではないだろうと思う。
しかし、1800人もが(過半数は道内だろう)、それぞれのオリジナルの作品を、誰に命じられたわけでもなくこつこつと作っているというのは、それなりに感動的なことで、これこそがアートの目指すべきあり方ではないか―という考えもわき起こってくる。
団体公募展に出すような、しかし生活の場からはかけ離れた100号大の油絵でもなければ、難解なコンセプチュアルアートでも、従来の美術の概念とは異なるリレーショナルアートでもない。手法的には目新しくはないけれど、それでも独自性を考え、打ち出しながら、大勢の人が制作に取り組んでいる。
さらにいえば、このイベントの「モノ」という呼称は、インターネットの時代に、実際に質量を有する「モノ」があらためて切実に求められている事情を物語っているのではないだろうか。
会場にいたのは1時間余りで、ほんとうにザッと見て回っただけなのだが、実にいろいろなことを考えさせられるモノヴィレッジなのであった。
□https://www.sapporo-dome.co.jp/smv/index.html
「北海道最大のハンドクラフトマーケット」を掲げ5月26、27の両日、札幌ドームで開かれた「サッポロ モノ ヴィレッジ」に初めて行ってきた。
前夜あたりから
「モノヴィレッジに出品します」
という告知がずいぶんたくさんツイッターに流れており、一度現場をのぞいてきたほうが良いと思ったのだ。
以下
1. 驚いたこと
2. 意外な長所
3. アートかクラフトか
の章立てになっている。
1. 驚いたこと
札幌ドームに着いて、驚いたことが三つある。
一つ。
来場者の多さ。
中に入るだけで前売り500円、当日600円のチケットが必要なのだが、切符売り場に長い列ができていた。
入場口にも長蛇の列。
もちろん、日本ハムファイターズの土日の試合に比べれば、たいした人出ではないといえるが、道内の他の美術展と比較すれば、ルノワールやダリ展の最終日などに匹敵する混雑である。
公式サイトによると、2日間で延べ3万8440人の入場があったという。
会期の長さも入場料も異なるから単純な比較はできないが、これほどの動員を誇る美術展は、道内ではほとんどないといってよい。
二つ。
ブースの多さ。
公式サイトには見つからないが、5月24日の北海道新聞には
「2日間で合計約1800ブース」
とある。
あいまいな数になっているのは、土曜日だけ、日曜だけ出展するブースがあるからだろう。
会場内は
「アクセサリーヴィレッジ」「クラフト・工芸ヴィレッジ」などにわかれ、それぞれに膨大な数のブースが並んでいる。
カナリヤ、サンキ、大丸藤井セントラルといった企業ブースもあれば、「パンヴィレッジ」と称して焼きたてパンを出すブースもたくさんある。
端のほうには、フリーマーケットのように車を乗り入れて販売しているコーナーもあれば、中心部附近には、ブースを仕切る壁があって絵画を展示している人たちもいる。
ピアスや指輪などのアクセサリー、陶芸、イラスト、トートバッグ、缶バッジ、木工品、人形、ぬいぐるみ、革製品、帽子やスリッパなど身に着けるもの、便せんなどの紙製品…。
とにかく、手作りの品だったら、なんでもあるという印象だ。しかも、数百円の安い小物も多い。
三つ。
これだけ多くの作り手と入場者がいるにもかかわらず、ほとんど知り合いに会わないこと。
なんだか自慢話っぽくなってわれながらいやなのだが、美術展のオープニングセレモニーとかアートの催しが開かれると、顔見知りの5人や10人には会うのが通例なのだ。
札幌ドームに #サッポロモノヴィレッジ 、初めて行ったけど、すごい。道内手づくり系が大集結。アクセサリー、雑貨、イラスト、ぬいぐるみ、木工、バッグ、陶、ペットフードなどのブースがびっしり。画像は佐野妙子さん、駒澤千波さん、白うさぎ… twitter.com/i/web/status/1…
— 梁井 朗@北海道美術ネット別館 (@akira_yanai) 2018年5月27日 - 11:43
ところがこの日札幌ドームで、作り手であいさつをして会話したのは、上記のうちの女性3人のみ。
お客さんでばったり会った人は皆無だった。
たとえば、江別やきもの市だったら、こんなことはあり得ない。でも、今回は、陶芸関係もほとんどが知らない人だった。
ちょっと性急すぎる結論かもしれないが
「ギャラリーの展覧会に出品する人、見に来る人」
と
「モノヴィレッジやチ・カ・ホのクラフト市、各地のマーケットなどに出品する人、見に来る人」
というのは、客層として、あまり重ならないのかもしれない。
2. 意外な長所
ところで、モノヴィレッジには、ブースが多くてとにかくたくさんの種類の手作り品があることのほか、意外な長所がある。
足を運ぶ前は正直
「なんで物販なのに入場料を取るんだよ~」
と不満に感じていたが、実際に行ってみると
「これだけたくさん店があるから、いいか~」
と、満足感のほうが強い。
むしろ、お金を払って入ったほうが、罪悪感を抱かずに済む。
というのは、筆者はずいぶん多くのギャラリーを巡っているが、とくに工芸・クラフト系の展覧会で、何も購入せずに帰ってくることに、後ろめたさを感じているのだ。
「あれだけ見ていて、各会場で買っていたらおカネなくなっちゃうしょ~」
と自分に言い聞かせながら、回っているのである。
ギャラリーでの展示に来る人は、かなりの部分が、出品者のファンであり、買ってみようという気持ちを持ってやってくる人も多いだろうから、筆者のような心配はあまりいらないかもしれないが。
(ちょっと話はそれるが、絵画や彫刻の場合は、高額のため、次々と売れるものではないことを、出品者も見る側も納得しているところがあるから、あまり後ろめたさは感じない。皆さん、すみません)
ところが、モノヴィレッジには、1800ものブースが並んでいる。
したがって、買わなくても平気だし、売る側も
「この人、わざわざ来てくれたのに、買ってくれないのか~」
などと落ち込む暇もないであろう。気分的に、ラクなのだ。
3. アートかクラフトか
先に、客層がギャラリーと重ならないという推測を記した。
作家も、ギャラリーで開かれる展覧会にも出品している人ももちろんいるが、大半は、こういうイベントにしか登場しない人のようだ。
発表の場だけでなく、作品に向かうスタンスを見る限り、いわゆるアートの最先端を追求する人とは、接点がなさそうに思う。
では、はなから無視していいのだろうか。
筆者が会場でふいに思い出したのは、戦前、短期間のうちに弾圧され終熄したプロレタリア芸術のことだ。
芸術を民衆のものにするにはどうしたらいいか―という議論が盛んに交わされ、ポスターや複製美術が称揚された。
複製にすれば大衆のアートになる、というような単純な話ではないだろうと思う。
しかし、1800人もが(過半数は道内だろう)、それぞれのオリジナルの作品を、誰に命じられたわけでもなくこつこつと作っているというのは、それなりに感動的なことで、これこそがアートの目指すべきあり方ではないか―という考えもわき起こってくる。
団体公募展に出すような、しかし生活の場からはかけ離れた100号大の油絵でもなければ、難解なコンセプチュアルアートでも、従来の美術の概念とは異なるリレーショナルアートでもない。手法的には目新しくはないけれど、それでも独自性を考え、打ち出しながら、大勢の人が制作に取り組んでいる。
さらにいえば、このイベントの「モノ」という呼称は、インターネットの時代に、実際に質量を有する「モノ」があらためて切実に求められている事情を物語っているのではないだろうか。
会場にいたのは1時間余りで、ほんとうにザッと見て回っただけなのだが、実にいろいろなことを考えさせられるモノヴィレッジなのであった。
□https://www.sapporo-dome.co.jp/smv/index.html
(この項続く)
個人雑貨店集合、みたいな。