本と旅とやきもの

内外の近代小説、個人海外旅行、陶磁器の鑑賞について触れていき、ブログ・コミュニティを広げたい。

庄屋の墓石から

2008-10-03 10:01:58 | Weblog
 さる人から代々庄屋をしていた先祖のうち、七代目と八代目の墓石の拓本を見せてもらった。
 七代目の墓石には宝暦12年(1762年)行年69歳、八代目の墓石には寛政9年(1797年)行年45歳とある。なお、墓石には七世、八世の文字もあるから、まさしく世襲だ。
 さて、単純に引き算をすると、七代目の死去は八代目の死去の35年前だから、当時八代目は45歳―35年で10歳である。となると七代目が八代目をこしらえたのは69歳-10の59歳の折である。
 
 そこで下種の疑問。250年も前の、人生50年の時代にしては、この七代目はお元気である。そればかりではなく、嫁も若くなければ子どもは授からない。いくら庄屋でも、嫁をとっかえひっかえしたとは思えない。
 一方、八代目が跡取り息子、すなわち長男であるから、それまでは子どもができなかったとなる。あるいはその前に生まれた子は女の子ばかりだったか、男の子がいたとしても夭折したか、としか考えられない。
 さらに、10歳のガキが庄屋の役目を務めたわけはなかろう。母親が存命でも女が庄屋を代理できた時代ではない。親戚か百姓組頭の総代が仕切ったのか。いくつになって八代目を世襲して務めを果たせたのか。

 むろん、その「さる人」も分からん。
 事実と事実をつなぐ間に、不自然があるものだ。