本と旅とやきもの

内外の近代小説、個人海外旅行、陶磁器の鑑賞について触れていき、ブログ・コミュニティを広げたい。

旅日記その27

2018-03-31 08:58:29 | Weblog
 5月1日 チューリッヒからインターラーケン経由そしてジュネーブ泊

 今日から5月だ。今のところ順風満帆といえる。喰うことはむろんだが寝ることも、結構不自由しないものだ。

 チューリッヒからジュネーブに向かう途中、アイガーをこの目で見ようと決めた。東京を出発する際の計画はめちゃくちゃだ。こうも好き勝手に動けるなんて思ってもいなかった。しかし、今日はハードスケジュールになる。うまくいくかな。

 チューリッヒ10時10分発急行116号→ベルン11時40分着、乗り換え11時54分発急行378号→インターラーケンオスト13時14分着。
 インターラーケンオスト18時5分発急行635号→ベルン19時1分着、乗り換え19時33分発急行138号→ジュネーブ21時20分着。
 これが前夜、時刻表と格闘して決めたスケジュールである。

 スイスの首都ベルンで南下に方向を換えてインターラーケンに予定どおり着いた。残念なことにユングフラウヨッホ行きは午前中しかない。宿泊して翌日という気はない。スキーを楽しむためでも登山の目的でもない。
 今日の時間の可能性では2061mのクライネ・シャイデッグを往復するくらいだ。それを決行する。
 登山電車はグリンデルワルドを経由し、クライネ・シャイデッグからラウターブルンネンを周遊する。料金23スイスフラン。

 山男あこがれ(私ではない)のアイガーの北壁を最後に見据えて、アルプスと別れジュネーブを目指す。

 この項つづく。

旅日記その26

2018-03-30 09:26:53 | Weblog
 チューリッヒのホテル近くのバーの続きから。

 カウンターの私の並びに母娘の客がいた。このお嬢さんは日本人と結婚するため7月に日本に行くそうだ。とてもチャーミングなお嬢さんで、どこの日本人野郎が幸運をつかんだかと思った。
 一人娘と母親は言う。遠い異国に嫁がせることをどう思っているのだろう。気になって、訊いてみたいものだが、そんな英語力がない。第一、そんな心のアヤを赤の他人に話すものか。
 
 お嬢さんはハンドバッグから結婚相手の野郎とその両親の写真を取り出した。口ひげを生やしたキザな野郎ではないか、と思ったのはやっかみか。
おめでとうと言いながら彼女の頬にぼってとキスをしてやった。

 明日はジュネーブを目指す。

原発の問題

2018-03-29 09:14:22 | Weblog
 昨28日は1979年にスリーマイル島の原子力発電所で、大量の放射能漏れ事故が発生した日とある。チャイナシンドロームを思い出す。
 先ごろ、タイミングがよいのかわるいのか、玄海原発が再稼働した。
 
 原発による電力コストは安いといわれているが、たとえ事故がなくても、溜まった放射性廃棄物の処分費用や寿命がきたときの廃炉の費用など後始末コストが発生する。これを
どう考えるかだ。
 そうそう、最終処分場が決まらないことから「トイレなきマンション」と皮肉られていた。
 もしかして、将来、別の惑星に投棄する可能性を目論んでいるのかね。

 そもそも原発は機能的な弱点として出力が調整できないそうだ。電力消費は、昼と夜あるいは冬場と夏場によって違うわけだから発電量を調整することになる。
 ところが原発の出力調整はリスクが高いという。つまり、夜に出力を何十万キロワットを落としたいけれどそれができない。また、他の電力不足を補うために何十万キロワットか増量したいがそれができないということになる。

 原発の怖いのは、地球の裏側に近いアルゼンチン・シンドロームだけではない。溜まりにたまった放射性廃棄物と廃炉時の処置に直面するときだ。

森友問題から

2018-03-28 08:59:02 | Weblog
 森友学園問題を簡明化すれば、国有地の値引きは、近畿財務局と本省理財局の安倍夫人への忖度、理財局の決裁文書の改ざんは、理財局後輩の佐川元局長への忖度であろう。つまり、忖度しましたと言えば話は簡単だろう。
 結果として、公文書改ざんの罪しかい。そのうち忖度罪も刑法に組み入れてはどうか。

 ところで、証人喚問で佐川証人の言を聞いていると、やはり自己保身に終始したと思った。「訴追の虞があるので答弁を差し控える」と発言したのは約50回とか。これ、全回答中何割だったか。
 それにしても、「訴追のおそれ…」は抜群の隠れ蓑ですな。

 ただ、腑に落ちないのは、本来、佐川元局長は森友学園問題発生時の当事者ではない。忖度したのは、当時の近畿財務局と本省理財局にいる誰かである。

 もう一つ安倍首相は答弁で、妻の言ったことを私が言うのは首相の言葉として重いと開き直っていた。しかし、能天気で軽薄な夫人の言葉を信用できるわけはないし、伝聞は基本的に証拠にならない。

 夫人の名誉職好きの出しゃばりは、韓国大統領の権力に乗じた縁者がワルをするような状況と似ていないでもない。

旅日記その25

2018-03-27 09:01:30 | Weblog

 インスブルックを出発した電車はチューリッヒに向かって走る。窓からの眼下にイン川の水色、見上げると碧い山肌と白い雪の頂き。眼が離せない景色が続く。
 17時30分過ぎ、ノンストップで走り続けた電車は、国境の街フェルトキルヒ駅に停まった。さらに15分後、リヒテンシュタイン公国の首都ファドーツに近いバッヒ駅に着く。訪問国五つ目の国のスイスの町だ。
 そして、19時13分、定刻どおりスイス最大の産業都市チューリッヒ駅に到着した。

 早速、駅構内の両替所でスイスフランに両替する。両替所には各国の交換レートがそれぞれの国旗の下に表示されている。日の丸の鮮やかな赤に感慨ひとしおだ。
 インフォーメーションでホテルの紹介を乞う。シャワー付き350スイスフラン。2,800円ほどである。
 ホテルは駅の裏手にあった。シャワーを浴び、洗濯をしてからホテルを出た。
 
 ほんの近くのジャンボというバーに入る。カウンターの止まり木に座ったとたん、太めの女性から「コンニチワ、ドウモアリガトウ、ナニノミマスカ」と日本語で言われずっこけた。ただ、知っている日本語はそれだけだった。

 この項つづく。