本と旅とやきもの

内外の近代小説、個人海外旅行、陶磁器の鑑賞について触れていき、ブログ・コミュニティを広げたい。

パース旅行の直前

2016-10-31 09:44:29 | Weblog
 「夜のオーストラリアを人工衛星から望めば、東部の要部を除いて真っ黒い大陸だが、唯一、西部の端にぽつりと灯かりが見える。そこがパースである。」
 あるエッセーにそうあったけど、著者が宇宙から見たはずはない。宇宙飛行士の口伝えか人工衛星写真だろう。自分で見てきたような書き方はよくない。

 まぁ、目くじらを立てることもないが、20年余前に西はずれにあるそのパースに1週間滞在したことがある。初のオーストラリア旅行である。シドニーやメルボルンなどの東側を避けたのはへそ曲がりのせいもあるが、クリスマスを含む週だったので、東側は人があふれていると判断したのだ。

 それにマレーシア航空の格安チケットが手に入ったこともある。そのころはあの奇怪な航空事故がない航空会社である。
 この便はペナンに1泊して、翌日パースに飛ぶので、ペナンのホテルに泊まることになった。一人旅の若い女性が部屋に泊めてほしいとなった。こっちはかみさんとの旅だから安全と思ったのだろう。
 忘れたころのある日、草加せんべいが送られてきた。その女性からのお礼だった。
 
 パースのことを書く前に長文になった。パースはいつか綴ろう。印象をひとつだけ挙げると、南太平洋(インド洋か)で泳いだこと。季節は反対ですもの。
 東部は混雑していたようだが、やはりパースは穴場だった。

草食系男子

2016-10-30 09:03:39 | Weblog
 この小都市にはピンクサロンなる風俗営業店が一店もない。飲食街にしっとりとした風情がある。ちなみにラブホテルは条例で禁止されている。まことに健全な自治体である。もっとも、それらがあろうとなかろうと老いの身には無縁であるけれど。
 
 実はある本によると、草食系男子が増えて、風俗営業市場が縮小しているとか。かてて加えて、肉食系女子は多くなり、抵抗なく風俗嬢になるので過当競争が起こっているそうだ。早い話、料金が下落しているということのようだ。
 
 風俗営業の凋落はともかく、草を食むようなイジケタ男が増えるのは考えものではないのかな。

博多でランチ

2016-10-29 09:15:52 | Weblog
 2か月振りに福岡市に出かけた。かみさんの買い物の運転手である。今どきは「アッシー」とは言いませんね。地名は博多としたほうがピンときます。博多市に変更してほしいものだ。
 
 昼めしは、たいていはひょうたん寿司に行く。韓国人や中国人の観光客も多い。ガイドブックやネットや口コミなどで評判に違いない。事実、ネタは新鮮、豊富だ。むろん、とてもおいしい。

 たしか3,500円の握りセットはランチでは2,800円である。これに加えてカニクリームコロッケ、茶わん蒸し、貝汁から二点をチョイスできる。
 ところが、11時半でも行列の長蛇であった。ビルにある店に至る2階までの階段はもとより道路にまで並んでいる。いつもなら辛抱して待つが、今回ははやめた。
 そうなると、タイ料理かロシア料理が候補になる。地方小都市にはないからだ。そう思いながら岩田屋の7階で銀座天一の天丼を喰ってしまった。
 
 かみさんが買い物の間、天神から中州までぶらぶら歩いた。あらためて知ったのは食い物屋の多さだ。この町も食い倒れの感がある。

シベリヤ物語

2016-10-28 09:34:10 | Weblog
 遅まきながら、長谷川四郎の「シベリヤ物語」を読んだ。
 この何年、文学落ち穂拾いと名付けて、あまり馴染みのない作家の作品を読むことにしている。
 たとえば八木義徳、金井恵美子、寒川光太郎、金達寿、小谷剛、多田裕計等々挙げれば切りがない。ざっと、三、四十人はいる。
 
 さて、「シベリヤ物語」は、抑留生活を記した言わば体験文学とでも称する作品である。年譜によれば作者は終戦時の昭和20年8月36歳で捕虜となり、25年2月に帰還している。

 これまでシベリヤ抑留は苛酷であったと読んだり、聞いたりしていたのだが、この作品にはその悲惨さはあまりない。
 それどころか、柵に囲まれた収容所には、食堂、便所、理髪所、浴場、医務室、食糧庫、被服庫などとにかく何でもあったと書かれている。収容された場所によって捕虜のあつかいは違ったのだろう。
 異質なシベリヤ捕虜物語ではないか。
 
 ついでながら、作者の兄長谷川海太郎も作家である。ペンネームは牧逸馬、林不忘、谷譲次と三つに使い分けている。なかでも有名なのは丹下作膳でしょう。どのペンネームであるかは年配者はご存知だと思う。

ラブホテル

2016-10-27 08:35:05 | Weblog
 大阪府池田市のラブホテルで男性同士のカップルが宿泊を拒否された。男性側の相談を受けて保健所が行政指導をした。こんなネット記事があった。
 
 その昔、春闘だったか、とにかく統一ストライキがあって都内に入る国鉄、私鉄の電車のすべてが明朝からストップすることになった。
 その前夜、新宿で後輩と飲んでいたが、翌朝のストを考えて大久保駅付近のラブホテルにふたりで泊まった。拒絶されなかった。もしかして、明朝のストライキで出社できないからと言ったかどうか。覚えていないけれど。
 ただ、朝に玄関口でやはり泊まっていたアベックと鉢合わせした。そのアベックにいやらしい目つきでジロジロ見られた。
 
 ついでの話になる。
 大阪に出張に行って、その夜、曽根崎辺りでしこたま飲んだ。宿はとっていなかったので、見つけたラブホテルに入った。すると、泊めないと拒否された。
 東京から仕事に来て、明日の朝帰るのでお願いです、と言うと泊めてくれた。酔っ払いだからダメなのかと訊いたところ、「おんなを世話しろ」と叫んだ人がいたそうだ。それで懲りて、ひとり客はお断わりしているのだった。