昨日はアケビを採った話。
そのアケビ四、五十と野葡萄一房それに竜胆の花五、六本を、政夫は採ってくる。これ、伊藤左千夫の原作『野菊の墓』にある一節だが、どう考えても物理的に持ち運びは難しい。
アケビは一つの蔓に四個ぐらい生る場合もあるが、しなやかな蔓を手折るのは容易ではない。第一、蔓を折る前に実はぽたぽたと落ちてしまう。しかも、清水を汲みに谷に降りた帰りである。水筒を持っているが、籠を持っている様子はない。その上、野葡萄と竜胆まで抱えて谷から登るのは、いささか誇張という気がする。
と、つまらん言いがかりをつけた。
さて、この原作は「野菊の如き君なりき」のタイトルで映画化された。1955年とあるから、もう半世紀も過ぎた。
正確なセリフを覚えていないが、「民さんは野菊のようなだ」、「政夫さんは竜胆のようだ」という会話がいまだに耳に残る。
改めて全集をひもといた。年譜によると、原作は明治39年1月に『ホトトギス』に発表されている。解説では、漱石がこの作品を激賞したという。
文学史上、特筆すべき純愛小説だろう。政夫は15歳、民子は17歳となれば、純愛も不思議はないが、昨今の高校生はどう思うのでしょうね。
そのアケビ四、五十と野葡萄一房それに竜胆の花五、六本を、政夫は採ってくる。これ、伊藤左千夫の原作『野菊の墓』にある一節だが、どう考えても物理的に持ち運びは難しい。
アケビは一つの蔓に四個ぐらい生る場合もあるが、しなやかな蔓を手折るのは容易ではない。第一、蔓を折る前に実はぽたぽたと落ちてしまう。しかも、清水を汲みに谷に降りた帰りである。水筒を持っているが、籠を持っている様子はない。その上、野葡萄と竜胆まで抱えて谷から登るのは、いささか誇張という気がする。
と、つまらん言いがかりをつけた。
さて、この原作は「野菊の如き君なりき」のタイトルで映画化された。1955年とあるから、もう半世紀も過ぎた。
正確なセリフを覚えていないが、「民さんは野菊のようなだ」、「政夫さんは竜胆のようだ」という会話がいまだに耳に残る。
改めて全集をひもといた。年譜によると、原作は明治39年1月に『ホトトギス』に発表されている。解説では、漱石がこの作品を激賞したという。
文学史上、特筆すべき純愛小説だろう。政夫は15歳、民子は17歳となれば、純愛も不思議はないが、昨今の高校生はどう思うのでしょうね。