ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

〈思わずの拍手〉

2016-08-29 09:13:41 | 日記
彫刻家の舟越保武さんの作品、エッセーも含めて大好きです。
作品の企画展には、4回ほど訪れています。

雑誌や推理小説の類は別として、私の殆どの本には、書き込みや、付箋が貼ってあります。
でも、舟越さんの本には、書き込みも 線引きも 付箋も皆無。
後日、再読した時に、新しい発見をして味わいたい、がその理由です。

今年の三月に出版された舟越保武さんの長女・末森千枝子氏の著書
『「私」を受け容れて生きる ――父と母の娘――』
を読んでみました。

“あぁ、娘さんから見た父としての舟越さんは、そして その家族は、こんな風だったのか”
との、感慨がひとしおでした。
特に印象深かった舟越さんの お葬式の描写の一部を載せさせていただきます。

  《実に不思議なことだけれど、父が亡くなったのは、
   長崎二十六聖人が処刑された二月五日のことだった。
   その日の朝、危篤の連絡を受けたとき、私は今日がその日だと思った。
   家族みんなが病院に集まり、夜になって、いよいよというとき、
   私たち目には見えないけれど、二十六人が病室に迎えにきてくれていると思った。
   そうに違いないと強く感じていた。
   私は息絶えようとする父に、「お父さん、本当にいい人生だったじゃないの」
   と声をかけた。心からそう思っていた。
   母は、「武さん、また会いましょうね」と言っていた。
   火葬場で荼毘に付されようとしたそのとき、私は思わず拍手をしていた。
   自分にとっては、それがとても自然だったのだけれど、他には誰もそうする人が
   いなかったので、実にバツの悪い思いがした。
   後にパリにいる妹から聞いたのだが、フランスでは、亡くなった人を送る時に、
   拍手をすることがよくあるそうだ。》

『お父さん、本当にいい人生だったじゃないの』と、娘さんから、
『武さん、また会いましょうね』と、妻からの呼びかけ。
思わずの拍手。
なんて、いい お見送りだったのでしょう。

舟越保武さんの写真集を取り出して、ゆっくり じっくり、味わいました。
「ダミアン神父像」 「聖セシリア」 「長崎26殉教者記念像」
脳梗塞で右半身が不自由になった後の作品「ゴルゴダ」その他。

舟越保武さんの、そのまなざしの向こうに、私も、しばし目を凝らして…………。
〈ゴマメのばーば〉
コメント (2)
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