ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

8歳の私が、眺めていました。

2016-08-02 06:26:33 | 日記
梅雨が明けた お日様が戻ってきた!
“やっぱり、夏はキラキラのお日様だよねぇ”
なんて言っていたら、暑い暑い、アチチチチ。
蒸し暑さもあってゲンナリ。

足の運動ということもあって、バスに乗って外出。
持ち帰る荷物の重さと、脚の筋肉の強さ加減の按配を考えて
少々の買い物をしました。

再び、バス停に立ってバス待ちをしましたが、あつーい。
“やっぱり、夏はキラキラのお日様だよねぇ”
なんて言ったのは失敗でした。
そんなことを言えるのは、若いころのハナシ。
気持ちだけは、「裕次郎」辺りにあったのかもしれません。
石原慎太郎氏も、高齢になられました。

向こうから、たばこの吸い殻を拾いながら歩いてくる男性がいました。
60代半ばと思しき男性です。
町中の清掃、という服装ではありません。
落ちている吸殻に気付いて、とっさの清掃活動だったようです。
拾った吸殻を、ティッシュに包み込んでいました。
気が付いて辺りを見渡しましたら、
結構の本数が、そこ かしこに散じているのです。
バス停が近いせいでしょうか。

バス停に、また男性が。
こちらも、60代半ばと思しき男性。
小型のドリンク剤を飲み終えて、道路わきの植え込みの根元に、
空き瓶を捨てていきました。
誰の目を憚るでもなく 平然と、当然の様に。

二人の男性の姿を眺めている自分が言いました。
吸殻を拾っていた男性には、心の中で、
“ありがとうございます ご苦労様です”と。
空き瓶を捨てていった男性には、
“んっ まったく”と。

あつーい昼下がりの、バス停での一コマです。
唐突に、まったく 唐突に、原 民喜の『夏の花』を想起したのは、
八月という「原爆」の月に入ったせいでしょうか。
それとも、灰白色のタバコの吸い殻のイメージからのものでしょうか。

    『夏の花』 
                原 民喜
     ギラギラノ破片ヤ
     灰白色ノ燃エガラガ
     ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ
     アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体のキミョウナリズム
     スベテアッタコトカ アリエタコトナノカ
     パット剝ギトッテシマッタ アトノセカイ
     テンプクシタ電車ノワキノ
     馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
     プスプストケムル電線ノニオイ

今、私が立っているJR郡山駅前に、71年前、1トン爆弾が投下され、
多くの死傷者を出しました。
運ばれる死傷者を、8歳の私が、眺めていました。
                             〈ゴマメのばーば〉
コメント (2)
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