2015年11月のテーマは「山梨市の丸石道祖神」。1日からは、八幡地区を5回に分けて、16日からは、山梨、加納岩、日下部、日川、後屋敷を各地区ごとに分けて掲載します。
各地区は、昭和29年、合併して旧山梨市になる前の町村です。なお、岩手地区は、日程の都合で取材していません。
山梨市には、丸石道祖神が約100基あると云われている。
今回、私が撮影したのは、75基。
手始めに伝統民俗が色濃く残っていると思われる八幡地区での丸石道祖神18基を紹介し、ドンド焼きなどの道祖神祭のありようを併せて、前回、まとめて掲載した。
ぼんやりとではあるが、丸石神のイメージは伝えられたように思う。
私自身の好奇心も満たされ、初期の目的は達せられた。
あとは、変わり種丸石神を紹介して終わりにしようかと思うのだが、少々気になることがある。
それは、ネット検索してみて分かったことだが、意外にも丸石神の写真資料が少ないということ。
少ないというのは、情報化社会の現代では、という意味だが。
であるならば、撮影した全部の丸石神を掲載するのも無意味ではないように思える。
何の変哲もない、ありふれた丸石神ばかりではあるが・・・
私はテレビ制作の仕事をしていた。
番組の質は、取材してきた素材をいかに捨てるかにかかっていた。
捨てないで全部詰め込むなんていうのは、自殺行為に等しかった。
だから撮影してきた写真を全部載せるというのには、抵抗感があるけれど、今回は例外と割り切ることにする。
お読みになるあなたも、資料写真はすっ飛ばしてご覧ください。
☐山梨市山梨地区
山梨地区は、八幡地区の南にあって、同じように西に伸びている。
地区の東を南北にフルーツラインが走っている。
南面した傾斜地はすべて果樹園。
▼万力1262番地
新しい。
台座裏面に「平成十年十二月吉日寄進」とある。
寄進者の「ストーン望月」は、石材屋か。
見事に真円だが、さすが石屋さん、と思って電話して見たら、中国からの輸入品だという。
今や、丸石神を造る地元の石屋はないだろうとのことだった。
▼落合297番地小田屋道祖神場
向こうに横切るのが、西関東自動車道。
反対側からの写真は、蚕影山(こかげさん)と秋葉山の恒例コンビの向こうにぶどう園が見える。
どこを向いても果樹園ばかりなのです。
丸石の数が多い。
1個の丸石神が普通だがが、こうした複数個も珍しくない。
何個だろうが、とんちゃくしない、おおらかと云えばおおらか、いい加減といえばいい加減な神様なのです。
『山梨市の石造物』では、その数約50個とある。
実際に数えたのかな。
▼上岩下 岩下温泉前路傍
かつて台座にセメント付けされていたらしい。
その台座ごと薄く剥がされて、新しい台座に載せてある。
自然石なのに見事に丸い、惚れ惚れしてしまう。
同時に神聖さも、ある。
正方体や三角錐ではなく、球体に神の依代を古代人が見たとしても、当然のことのように思う。
▼上岩下 湯前寺入口山寺組道祖神場
湯前寺という寺の境内の端っこにある。
台形の自然石に丸石が大小13個ごろんと転がっているだけ。
前の「岩下温泉前の丸石神」には、神聖さを感じるが、こちらにはそうしたオーラを私は感じない。
1個の方がすっきりして、神々しいように思う。
どうですか、あなたは。
▼山根1392番地 山根5組道祖神場
道祖神の前の石柱は、幟立て。
コンクリートの広場は、ここでドンド焼きをするからだろう。
ここの丸石神も複数個(18個)。
山梨地区に入ってから、多数の丸石道祖神ばかりとなった。
地域色がこんなところにも表れている。
▼山根天狗橋北 山根1組道祖神場
山根の集落は入り組んでいる上、道路が狭い。
運転が下手くそで、駐車スペースもないから、道祖神を探すのも、撮影のため車を停めるのも一苦労。
この道祖神撮影のため、隣の家の庭に駐車させてもらえないか、頼んだ。
私と同年輩くらいの主が、目的を聞いて、彼の車であとの2か所を案内してくれるという。
ありがたいことで、お礼を云って、軽トラの助手席に乗り込んだ。
▼山根1006番地 山根1組道祖神場
「これから行く祭場には、珍しいものがあるんだ」。
運転しながら、男は云う。
「珍しいんだけれど、本来の姿だと思うよ」とも云う。
着いてみて、意味が分かった。
陽石が丸石の前に突き出している。
水石の道祖神祭でのオコヤから「象の鼻」が突き出ていることは、「NO114 山梨市の丸石道祖神(八幡地区ー4)」で書いた。
「象の鼻」が男根であることは、明白である。
道祖神が塞の神の他に、性神でもあるのは、陽石を見れば納得できる。
古代から、人々の願いは、安定した生活の維持と繁栄だった。
繁栄は、同族繁栄も意味し、それは性行為によってもたらされるから、陽陰石信仰が生まれた。
陽石が山梨県に多くみられるのは、丸石神もそうなのだが、古代の信仰形態がそのまま残っているからではないか。
▼山根 山根公民館裏側 3組4組道祖神場
民家の庭に入り込んだ形で、紙垂(しで)がないと道祖神場だとは分からないだろう。
前が川なので、ドンド焼きには恰好の場所なのかもしれない。
1個でも堂々たる丸石神として通用しそうな、大きめの丸石が10個ほど積み上げられている。
▼矢坪 老人憩いの家脇 下組道祖神場
公民館や憩いの家は、昔、お堂だったところが多い。
だから石仏があるだが、ここの丸石神の隣の石仏は白ずくめで珍しい。
頭に帽子、胸に前掛け、腰に注連縄を巻いている。
新仏が出たときの、この地方の伝統作法かと思ったが、死者が出たという話は聞かないそうで、では何のための白装束かと疑問は増すばかり。
老人憩いの家は、県道から入り込んだ坂道を上った所にある。
撮影を終え、来た道をバックしようとして、気が付いた。
次の中組道祖神場は、憩いの家の背後の山にあるようなのだ。
丸石と石仏の前を通り、幅の狭い道を左に曲がり、急な坂道を上がる。
ほんの50mもしない場所に、中組道祖神場はあった。
▼矢坪 1123番地 矢坪中組道祖神場
「えっ、こんなところでドンド焼きをやるの?」。
極めて狭い道路のふくらみに、ぼたもち状の丸石神がある。
台石正面に「道祖神」。
左側面に「天保/三壬/辰/霜月/吉日」とある。
▼矢坪 天神社 矢坪上組道祖神場
写真左奥にちらと見える建物は、どんづまりにある寺。
左隅に塀が少し見えるのが、最も高く、最も奥にある人家。
丸石神は大きい真円。
人工球体だろう。
「平成6年上組氏子一同」と造立者が刻まれている。
一同と云っても10軒を超えることはなさそうだが・・・
道祖神から道路に出て、下を見ると甲府盆地を真下に見下ろすような感覚にとらわれる。
ここから一挙に下って国道140号線へ。
雁坂みちを山梨市内中央へ進む。
▼落合 落合警察官駐在所前
「にこやかにかわすあいさつ人の道」の立て看板。
「事故のことを考えて無事帰る」の幟。
横には「祈願 交通安全」の石碑。
まるで交通安全に特化したかのような丸石神だが、駐在所の敷地では仕方ないか。
約60個もの丸石があるので、うっかり間違えてしまうが、道祖神は石祠なのです。
台座裏面に「大正四年一月 高等二年生 落合組一同」とある。
真裏に山梨小学校がある。
山梨尋常高等小学校2年落合組があったのだろうか。
それとも落合道祖神場の成員のメインは、尋常高等小学校2年生だということか。
いずれにせよ、石祠の造立、寄進にはちょっと幼すぎるようだが。
▼上岩下24番地 常性寺東
常性寺の境内、墓地を探すも道祖神はない。
改めて資料を見直す。
常性寺東とある。
とにかくぐるっと寺を回ることに。
あった。
寺の塀に沿うように二本の幟立に挟まれて、ちょこんと石祠道祖神がある。
個人的な趣味で恐縮だが、山梨では、道祖神はやはり丸石神に限るようだ。
▼正徳寺1105番地道祖神場
お堂の横に「蚕影山」と「庚申塔」の石塔。
その隣に60個もの丸石道祖神。
絵のような丸石道祖神場です。
絵のようなと云えば、このお堂を東方向から見るとこんな絵のような景色。
60個もの丸石神から3本の陽石が屹立している。
注連縄だろうか、締められて凛々しい。
ここにも多数の凹み穴。
(「凹み穴」については、当ブログNO44-45、56-60をご覧ください)
これで、山梨地区の丸石道祖神を見てきたことになるが、今から12年前の山梨市の刊行物『山梨市の石造物』によれば、山梨地区19か所の道祖神場では、オコヤを作る所はないらしい。
オコヤを作り、燃やすことは、祭りのハイライトだから、それがないのは、祭の縮小を意味する。
原因の一つは、明治政府の文明開化路線に沿うべく、旧来の生活習慣を廃止、禁止する県の布達、禁令にあったと市史は指摘している。
ここ正徳寺集落で道祖神祭をめぐって、「開花派=文明開化派」と「旧弊連=伝統派」との若者連の対立、いがみあいを『山梨日日新聞』(明治21年1月26日)は次の様に伝えている。
「旧弊連の若者は他村で盛んに祭りをするのに我が組ばかり廃止しては、若衆の肩身が狭いとか、巾が利かぬとか、妙な処へ力瘤を入れて、是非とも祭りをせねばならぬと主張し、他へ相談もなく夜中に道祖神の前にお山となん云える物を飾り立て、昔用いた獅子道具を担ぎ出したので、開花党の方で承知せず、たとえ旧弊連が集まりて遣ることにしても、正徳寺組の若者中で道祖神祭りを執行したと云う時は、幾らか此方も関係のあるように世間で見られて迷惑すると懸合付け、双方ゴタゴタしている中に祭礼はすんでも、お祭党と非祭党の軋轢はいまももって纏まりがつかず、せっかくもんちゃく中なりという。」
◇参考図書
〇『山梨市史 民俗編』平成17年
〇市史編纂委『山梨市の石造物』平成13年
〇中沢厚『山梨県の道祖神』昭和48年
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