仙石原の長安寺は、紅葉の名所だが、裏山の五百羅漢も見どころの一つ。
◇長安寺(箱根・仙石原)
寺の裏山の斜面一面に羅漢が点在している。
現代作家によるモダン羅漢もあって、像容の幅は広い。
五百羅漢シリーズの3回目にして、改めて、羅漢とは何か、を書くのには、いささか躊躇いがあるが・・・
「羅漢」は、「阿羅漢」の「阿」を省略した呼び名。
「阿羅漢」は、梵語の「アルハット」の写音で、「応具」=「供養を受けるに値するもの」の意。
小乗仏教(以下上座部仏教)では「最高の悟りを得た修行者」として、尊崇される存在。
最初の阿羅漢は、悟りを得て、仏陀となった釈尊の初転法輪(最初の説法)を受けた5人の修行者を指す。
初転法輪から入滅まで、釈尊は、40年にわたり、行く先々で説法をし、多くの弟子を育てます。
中でも有能な直弟子が十大弟子。
釈尊入滅後、経典と戒律を制定する第一結集が開かれるが、十大弟子は、その中核となって活動したメンバー。
この時、結集に参加した弟子の数は、500人。
五百羅漢は、ここから始まったといわれます。
いわば十大弟子は、釈尊教室の優等生、五百羅漢は一般卒業生ということになります。
羅漢は、難行苦行の末、煩悩を克服して、悟りの境地に至ります。
頬はこけ、痩せさらばえ、感情表現を忘れたような老爺を誰しもがイメージするに違いありません。
しかし、喜多院でも少林寺でも、そして、この長安寺でも、羅漢さんは実に表情豊か。
苦しい修行に顔をしかめている羅漢さんはいません。
それは、なぜか。
以下は、梅原猛氏の考察。
阿羅漢は、上座部仏教での理想的修行者。
しかし、大乗仏教からは、二点において批判されてきた。
上座部の羅漢たちは、あまりにも欲望を否定し、現世に否定的ではないか。
そして、彼らはあまりにも個人主義的ではないか、という批判。
自己の欲望を否定して悟りの境地を開いても、それによって世界は変わらないし、民衆の救いとは無縁ではないか、というのです。
大乗仏教では、菩薩が阿羅漢の役割を受け持つが、二重の意味で阿羅漢とは異なると梅原氏はいう。
現世否定的な阿羅漢に対し、菩薩は肯定的で、自己救済的な阿羅漢に対して、菩薩は他人救済の色彩が濃い。
かくして大乗仏教において羅漢崇拝は、退潮したかに見えた。
しかし、中国の禅宗で、老荘思想とあいまって、羅漢思想は復活することになる。
ポイントは、個性の自由。
上座部仏教の羅漢批判は、否定に執する姿勢であった。
それに対して、肯定、否定、有無に執着しないのが、大乗仏教の羅漢ということになる。
執着しない心の自由は、老荘の世俗を離れた自由の境地と結びついて、喜多院の、そして少林寺の自由奔放な羅漢さんの姿態と表情を生み出した。
上座部の羅漢さんにはない遊び心が、彼らには見てとれる。
欲望の圧力から解放されて、彼らは自由の境地に遊んでいる。(梅原武『羅漢』より要約引用)
なお、ここにもあの「胸開きらごら像」がある。
つい嬉しくなって、載せておく。
◇寺居山の五百羅漢(中津川市)
中津川市の西、中央線美乃坂本駅近くの寺居山は、山というより岩。
巨岩の上に羅漢さんが立っていらっしゃる。
その数、129体。
五百体を目指す途中だったものか、寛政年間に始まった造仏の動きは、享和年間に終わりをつげ、その後、新たに寄進された羅漢はないという。
なぜこの地に五百羅漢なのか、現地に立ってもその理由が釈然とはしない。
彫技は荒く、羅漢というには面白みに欠ける石仏群だが、岩山頂上の羅漢越しの景色は捨てがたいものがある。
◇願成就院(伊豆の国市)
「願えば、その願いが成就する寺」とは、剛毅な寺号だ。
「そうは言っても」と、どこか怯む心があるのが普通だろう。
こんな大それた寺号は、ここだけだろうと思っていたら、中尊寺の子院にも「願成就院」があるのだそうだ。
世の中は、広い。
古寺である。
本堂の仏像5躰は、運慶作で、国宝に指定されている。
古寺である。
開基は、文治5年(1189)。
鎌倉幕府初代執権北条時政が、北条家の菩提寺として建立した。
北条時政の墓
だから、1989年には、800年祭が執り行われた。
変わっているのは、その記念事業。
「あなたの羅漢さんを造りませんか」と石彫五百羅漢造立運動を始めたのです。
今、寺の裏山には、様々な羅漢さんが立ち並んでいる。
羅漢というよりは、石造肖像。
それぞれが寄進者の近親者ばかりという生臭さ。
1体分の石材を10万円で購入、寺の境内にある作業場で備え付けの道具を使って、寄進者自らが粗削りをし、仕上げは専門家の手にゆだねるというシステム。
修行を積んだ羅漢というよりは、日本の庶民群像だが、五百羅漢には故人の近親者に酷似した顔が必ずあるというのだから、故人のレリーフを彫って、羅漢とするのもあながち間違ってはいないような気もする。
親しみやすい羅漢場であることは確かです。
以下の3か所の五百羅漢は、このブログでも取り上げたことがあるので、見ていただきたい。
◇長慶寺(富山市)
37 佐渡の石工の五百羅漢(富山・長慶寺)
http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=13583a3b36e5620afcce79f7584a4ff1&p=8&disp=30
◇清見寺(静岡市)
122日本石仏協会主催石仏見学会-3-(静岡市清水区興津町)
http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=c90f7362b4e0e28a15a2386f34cd2f99&p=2&disp=30
◇竹成の五百羅漢(三重県菰野町)
124伊勢路の石仏-5(竹成の五百羅漢)
http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=cdbde1691f2ceb0b08adc20a40298928&p=2&disp=30