實語教
山高きが故に貴からず。木有るを以て貴しとす。
人肥えたるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす。
富は是一生の財。身滅すれば即ち共に滅す。
智は是万代の財。命終われば即ち随って行く。
玉磨かざれば光無し。光無きを石瓦とす。
人学ばざれば智無し。智無きを愚人とす。
倉の内の財は朽つること有り。身の内の財は朽ちること無し。
千両の金を積むと雖も。一日の学に如かず。
兄弟常に会わず。慈悲を兄弟とす。
財物永く存せず。才智を財物とす。
四大日々衰え、心神夜々に暗し。
幼きときに勤め学ばざれば、老いて後恨み悔ゆと雖も、
なお取益有るを無し。かかるが故に書を読んで倦むをなかれ。
学文怠る時なかれ。眠りを除きて通夜に涌せよ。
飢えを忍びて終日習え。師に會すと雖も学せざれば
徒に市人に向かうが如し。習い読むと雖も復せざれば
只隣の財を数えるが如し。君子は智者を愛す。
小人は福人を愛す。富貴の家に入ると雖も、
財無き人の為は、なお霜の下の花の如し。
貧賤の門を出ずると雖も、智有る人の為には、
あたかも泥中の蓮の如し。父母は天地の如し。
師君は日月の如し。親族譬ば葦の如し。
夫妻は猶瓦の如く。父母には朝夕に孝せよ。
師君には昼夜に仕えよ。友に交わって諍う事なかれ。
己より兄には礼敬を尽くせ。己より弟には愛戯を致せ。
人として智無きは、木石に異ならず。
人として孝無きは、畜生に異ならず。
三学の友に交わらずんば、何ぞ七学の林に遊ばん。 (三学とは戒定恵。七覚とは七種の覚法で、1、択法覚(智恵を以て法の真偽を知る)。2、精進覚(勇猛心で邪行を離れ真法を行ずる)。3、喜覚(心に善法を得て歓喜を生ずる)。4、軽安覚(身心をして軽利安適ならしめる)。5、念覚(常に定覚を明記して忘れずそれをして均等ならしめる)。6、定覚(心を一境に住して散乱せしめざる)。7、行捨覚(諸の妄謬を捨てる)この七種の法によりてさとりを開くことが出来る)
四等の船に乗らずんば、誰か八苦の海を渡さん。 (四等とは慈・悲・喜・捨の四無量心)
八正の道は廣しと雖も、十悪の人は往かず。(八正道とは涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。十悪とは殺生、偸盗、邪淫、妄語、綺語、両舌、悪口、貪欲、瞋恚、愚癡)
無為の都に楽しむと雖も、報逸の輩は遊ばず。
老いたるを敬うは父母の如し、幼きを愛するは子弟の如し。
我他人を敬へば、他人亦我を敬う。
己人の親を敬えば、人亦己が親を敬う。
己が身をば達っせんと欲せば、先ず他人の身を達っせしめよ。
他人の愁いを見ては、即ち自ら共に患うべし。
他人のよろこびを聞いては、即ち自ら共に悦ぶべし。
善を見ては速やかに行け、悪を見ては忽ち避れ。
悪を好む者は禍を招く。譬ば響きの音に応ずるが如し。
善を修する者は福を蒙る。あたかも身に影の随うが如し。
富むと雖も貧しきを忘るることなかれ。或いは始めに富み終わりに貧しいとも。
貴しと雖も賎しきを忘るることなかれ。或いは先に貴く終わりに賎しくとも。
それ習い難く忘れ易しは、音声の浮才。
また学び易く忘れ難しは、書筆の博藝。
但し食有れば法有り、また身あれば命有り。
なお農業を忘れざれば、必ず学文廃することなかれ。
故に末代の学者、先ず此の書を按ずべし。
是学文の始まり、身終つるまで忘失することなかれ。
山高きが故に貴からず。木有るを以て貴しとす。
人肥えたるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす。
富は是一生の財。身滅すれば即ち共に滅す。
智は是万代の財。命終われば即ち随って行く。
玉磨かざれば光無し。光無きを石瓦とす。
人学ばざれば智無し。智無きを愚人とす。
倉の内の財は朽つること有り。身の内の財は朽ちること無し。
千両の金を積むと雖も。一日の学に如かず。
兄弟常に会わず。慈悲を兄弟とす。
財物永く存せず。才智を財物とす。
四大日々衰え、心神夜々に暗し。
幼きときに勤め学ばざれば、老いて後恨み悔ゆと雖も、
なお取益有るを無し。かかるが故に書を読んで倦むをなかれ。
学文怠る時なかれ。眠りを除きて通夜に涌せよ。
飢えを忍びて終日習え。師に會すと雖も学せざれば
徒に市人に向かうが如し。習い読むと雖も復せざれば
只隣の財を数えるが如し。君子は智者を愛す。
小人は福人を愛す。富貴の家に入ると雖も、
財無き人の為は、なお霜の下の花の如し。
貧賤の門を出ずると雖も、智有る人の為には、
あたかも泥中の蓮の如し。父母は天地の如し。
師君は日月の如し。親族譬ば葦の如し。
夫妻は猶瓦の如く。父母には朝夕に孝せよ。
師君には昼夜に仕えよ。友に交わって諍う事なかれ。
己より兄には礼敬を尽くせ。己より弟には愛戯を致せ。
人として智無きは、木石に異ならず。
人として孝無きは、畜生に異ならず。
三学の友に交わらずんば、何ぞ七学の林に遊ばん。 (三学とは戒定恵。七覚とは七種の覚法で、1、択法覚(智恵を以て法の真偽を知る)。2、精進覚(勇猛心で邪行を離れ真法を行ずる)。3、喜覚(心に善法を得て歓喜を生ずる)。4、軽安覚(身心をして軽利安適ならしめる)。5、念覚(常に定覚を明記して忘れずそれをして均等ならしめる)。6、定覚(心を一境に住して散乱せしめざる)。7、行捨覚(諸の妄謬を捨てる)この七種の法によりてさとりを開くことが出来る)
四等の船に乗らずんば、誰か八苦の海を渡さん。 (四等とは慈・悲・喜・捨の四無量心)
八正の道は廣しと雖も、十悪の人は往かず。(八正道とは涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。十悪とは殺生、偸盗、邪淫、妄語、綺語、両舌、悪口、貪欲、瞋恚、愚癡)
無為の都に楽しむと雖も、報逸の輩は遊ばず。
老いたるを敬うは父母の如し、幼きを愛するは子弟の如し。
我他人を敬へば、他人亦我を敬う。
己人の親を敬えば、人亦己が親を敬う。
己が身をば達っせんと欲せば、先ず他人の身を達っせしめよ。
他人の愁いを見ては、即ち自ら共に患うべし。
他人のよろこびを聞いては、即ち自ら共に悦ぶべし。
善を見ては速やかに行け、悪を見ては忽ち避れ。
悪を好む者は禍を招く。譬ば響きの音に応ずるが如し。
善を修する者は福を蒙る。あたかも身に影の随うが如し。
富むと雖も貧しきを忘るることなかれ。或いは始めに富み終わりに貧しいとも。
貴しと雖も賎しきを忘るることなかれ。或いは先に貴く終わりに賎しくとも。
それ習い難く忘れ易しは、音声の浮才。
また学び易く忘れ難しは、書筆の博藝。
但し食有れば法有り、また身あれば命有り。
なお農業を忘れざれば、必ず学文廃することなかれ。
故に末代の学者、先ず此の書を按ずべし。
是学文の始まり、身終つるまで忘失することなかれ。