観自在菩薩冥應集、連體。巻2/6・17/24
十七信濃國都熊の湯に観音沐浴し玉ふ事。
信濃國津(まま)熊の湯と云處あり。諸人の浴する温湯にて諸病の薬なりといへり。何の比にかありけん、近處の人の夢に見けるは、明日の子の刻に観音の来たりて湯に入り玉ふべしと云ふ。夢中に問て曰く、如何なる姿にてをはしまさんずると。答て曰く、歳三十ばかりの男の鬚黒くあやい笠着て節黒なる簶(やなぐい・矢を入れ、右腰につけて携帯する道具)皮巻きたる弓持ちて紺のあを著たるが夏毛の行纏(はばき・脚絆)著て葦毛の馬に乗てなん来べき。其れを観音と知り奉るべしと云見て夢覚めぬ。驚きて夜明けて人々に告げければ皆聞いて其の湯に集まる事夥し。湯を替へ、周を掃除し注連を引き香華を奉りて居集り祭りの渡るを待つやうに今や今やと待ち侍る。漸く午の刻の中なる程に昨夜の夢に見つるに露も違はず見る男の顔より初め著たる牡馬弓矢に至る迄夢の告げに少しも違はぬが来たりぬ。万人皆礼拝するに此の男大に驚きて心得ざりければ諸人に問へども只拝みて其の事云人なし。一人の僧あり、手を摺りて額に当て拝み入りたるが傍に寄りてこは如何なる事ぞ、己を見てかやうに拝み玉ふは、と小訛りたる聲にて問ふ。此の僧人の夢に見けるやうを語る。時に此の男云やう、をくれさいつ頃狩りして馬より落ちて右の肘を打折りたれば此れを湯治んとて詣で来たるなりと云て行く程に、人々後ろに立て拝みののしる。此の男途に暮れて我が身はさは観音にこそありけれ、ここは法師に成りなんと思ふて、弓簶太刀刀切り捨てて出家しぬ。斯く成るを見て諸人弥よ貴みけり。さて見知たる人出来て云やう、哀れあれは上野國におはする馬頭主にこそいましけれと云ふを諸人聞きて是が名を馬頭観音とぞ云ける。法師に成りて後、横川に登りて覚超僧都の弟子になりて横川に住し後は土佐國に下りて勤めけるとなん。最珍きことなり(宇治拾遺物語六の七・信濃國筑摩(つくま)の湯に観音沐浴の事)。此れも出家の時節になりぬれば観音の斯く示し玉ふならんか。