第三節、 ・・日本國體の内容、・・日本といふ國はどういふ組織で成立しているかといふことを目の子勘定にあげてみると、どうしても計算から逸することのできないものが五つある。それは第一に神。第二に道。第三に國。第四に民。第五に君。以上のうち四つが日本の内容である。其れを形にしたのが日本の國家で、此れを精神にしたのが「日本国体」である。
第一、 「神」
日本國家及び國體の内容には、どの國にも例のない「神」が有る。「神」とは宗教的に意味する神ではない。日本國のご先祖である。仏教で「神」を四通りに分けて説く。法性神、有覚神、邪誑神、実迷神、である。
「法性神」といふのは純霊純理的神明で、本佛とかゴッドとかいふ部類の神である。「有覚神」とは智徳行功を積んで覚りを開いた聖者の神化したものをいふ。「邪誑神」とは・天然法爾なる無明縁起の霊動をいふので、善悪の別はあるが「法性神」と同じく先天的なものである。「実迷神」とは、「有覚神」の反対でこれは悪念怨念などの霊化した神のことで、よく世に言ふたたりを恐れて祀った神などいふ類である。・・この四種類の中でいふと、日本の國神といふのは「有覚神」に属して居る。・・神武天皇がご自分の先祖を「乃神乃聖ないしんないせい・・神であり聖である」といはれたおことばの下から,永い永い大昔から我らの為に御苦心なされて「暉を重ね慶びを積む」と宣べられて、「永い間修行して行功を積まれた偉聖である」と説明されてある(注1)。これによると國祖の根元は単に空想的の神ではなくてヤハリ佛教で云ふ行因得果(修行して覚りを得た)の上の聖者である。・・この世の中に原因なくして存在するものは一つもない。・・この因果の法則にはずれた思想流儀は一切これを因果撥無の邪見とする。日本の神様がこの邪見畠に植えつけられるか正見の揺籃から生まれるか、このけじめをつけることは、國を解釈し国民の使命を究める上にも最も重大な意義である。・・日本の神様は天神でも地神でも悉く「有覚神」格の神であるといふことはご先祖の神武天皇の勅言で決めるのが一番確かである。・・日本で云ふ神様は、道理の体現者としての神様である。即ち道理の遵法者であって同時に通暁者で又実行者である、その神様がいつとしれない昔からの永い間のご苦労でこの國も経営され、人類救済の道も立てられた。その「功」は宏大にして遠く、其「徳」は深大にして厚い。要するに凡人に先んじて道理の奉行者として存立された恩の高い功の多い慈悲の深い先覚者であって、それが此の國土の経営者であると共に、この國土の所有者である。故に此國に住んで居るだけの関係ならそれは只住所の地主にすぎないが 其の神と仕事が一つであるとすると、住居の関係以外、特殊の約束関係が生じてくる。この関係の前に道理に対する第三関係がある。道理を中心としてそれの肝煎者が「神」だとすると、その目的は人をして道理に従はしむることにあるから、その目的の為に万事運んでいかなければならぬ。それが神の仕事である。そうしてその唯一の相手は『人』である。その楔が道理である。・・人もやはり道理を離れることはできない。なぜかといふに道理から生まれて道理の力で生存しているのであって、篤く論ずれば道理の體である。故に道理と背畔した言動は人の本領でなかるべきはずである。然るに『人』の方は神が道理と一致している如くぴったり一如していないで往々にする事為すこと言ふ事考える事がトモすれば道理にはずれていることが多い。・・今の當面から言へば、神と比べて全くお話にならないほど汚い劣ったものとなり下がっているが、それは途中から湧いた旁出事件なので本の大根は立派なもので、道理の申し子で少しも「神」と異なったものではない。その本領を発揮するに就いては『自覚』を要する。『吾等は斯んなつまらぬものではないのであった。かねて一たび軌道を失して漸々にあらぬ方向へと走り行き,本の道を喪って此に至ったものである。故に苟もその根元を自覚すれば直ちに道理に帰り得る。そうして道理に安住することが出来る。爾して亦それを實行することもできる。要するに神と同じ道理の體現者たることが出来る資格のあるものだ。』といふことを反省するのである。これが全くの自己を知ることである。人は真の自己を知り得たとき、人としての本領を覺知し、人としての使命を知りえたのである。この境地に到らないでいる間を『酔生夢死』とし『徒生徒死』とも言ふのである。このくだらぬ迷妄生活を打ち破って真の本領生活に入らしめたいと念願したのが『神さま』でヤハリ吾等と同じ道理の申し子であるが、・・・・
ここに一時的反道理の『人』をば悉く自己の通りの純粋生活に復活させたいといふ悲願が発生して或は道理を説く教えとなり、或は道理を事実にした政治となり、種々の方面からこの憐れむべきさまよひの子を救はうとなって宗教だの道徳だの政治だのといふいろいろな形になって「人類救済」の仕事が起こってきた。その人類救済の仕事が思想理義の方面に発達したのが宗教だの哲学だのになって残り、専ら実際の仕事として発達したのが政治的に結成した『王道』である。前者を『覺道の示現』と言ひ後者を『統治の示現』と言ふ。『覺道の聖人』として現れた神の摂理は多く印度支那の古聖と現じ、『治道の聖人』として現れたのは世界中一番整た日本の垂統である。
故に日本の神様といふのは、人類に『道理』を自覚させよう、それを行はせやうといふことを事業とされた神様でその事業の為に根拠地なり、又背景なりに國土を要することから國を擇んで此日本國を選り出して垂統の本土とされたのでるから『神』は日本國の先祖であると共に世界の救済者であり、又その主催者である。その大慈悲の発現たる日本建國が神の仕事の場所として存し、その人民が、此の光栄ある天の仕事の執行者として、宇宙に卓然として生存して居るといふことはr単に國史の光彩といふばかりでなく、全く世界の偉観であり、人類の光明である。
注1、日本書紀(神武天皇)に「日本磐余彦天皇、諱は彦火々出見。彦波瀲武盧鳥茲鳥草葺不合尊の第四子也。母を玉依姫と曰す。海童の少女也。天皇、生れながらに明達し、意、石霍く如くます。年、十五にして立ちて太子と爲す。長りて日向國吾田邑吾平津媛を娶き、妃となす。生手硏耳命を生む。年廾廾五歳に及びて、諸の兄及び子等に謂りて曰はく、「昔し我が天、高皇産靈尊、大日孁尊、此の豐葦原瑞穗國を擧げて、我が天祖、彦火瓊々杵尊に授けたまひぬ。是に於て、火瓊々杵尊、天關を闢らき雲路を披け、仙蹕駈ひて以て戻止ります。是の時、運、鴻荒に屬ひ、時、草昧に鍾れり。故に蒙くして以て正を養ひて、此の西の偏を治す。皇祖皇考、乃乃聖にして、慶を積み暉を重ねて、多に年所を歴たり。天祖の降跡りてより以逮、今に一百七十九萬二千四百七十餘歳。・・・」
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